• "鳴門架橋"(/)
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  1. 鳴門市議会 1985-12-01
    12月10日-03号


    取得元: 鳴門市議会公式サイト
    最終取得日: 2021-09-09
    昭和60年 12月定例会(第4回)          昭和六十年 鳴門市議会会議録 (第二十四号)    ──────────────────────────────────            昭和六十年十二月十日(会期十二日中第五日目)              議 事 日 程 第 三 号第一 市政に対する一般質問    ─────────────────────────────────             本日の会議に付した事件日程第一 市政に対する一般質問    ─────────────────────────────────            出  席  議  員(二十八名)  議長  平  松  章  生  君      一番  大  場     明  君  二番  平  岡  朔  郎  君      三番  井  形  勝  男  君  四番  下  八     明  君      五番  川  内  啓  市  君  六番  工  藤  武  重  君      八番  新  居  義  公  君  九番  遠  藤  将  弘  君      十番  叶  井  長  助  君 十一番  小  森  圀  彦  君     十二番  野  崎  博  文  君 十三番  札  場     清  君     十四番  牧  野     豊  君 十五番  矢  野  善  治  君     十六番  乾        茂  君 十七番  開  発  外  之  君     十八番  勘  川  一  三  君 十九番  斎  藤  達  郎  君     二十番  原  田  一  幸  君二十一番  山  下  善  平  君    二十二番  梅  野  健  寿  君二十三番  出  口  治  義  君    二十四番  広  瀬  静  男  君二十五番  藤  田  義  行  君    二十六番  福  本     節  君二十七番  松  本     聖  君    二十八番  室  津  サ ワ エ 君    ─────────────────────────────────            説明のために出席した者  市長       谷   光 次 君  助役       森 谷 貞 夫 君  運輸部長     木 下 正 雄 君   水道部長     尾 崎 定 男 君  競艇部長     歌 川 重 雄 君   福祉事務所長   高 田 賢次郎 君  市長公室長    岡 田 典 夫 君   総務課長     西 本 信 也 君  人事課長     馬 居 貞 夫 君   会計課長     米 沢 敏 光 君  税務課長     岡 田 昭 二 君   市民課長     郡   貴代志 君  民生課長     黒 崎   勇 君   水道部業務課長  平 野 節 夫 君  水道部工務課長  青 木 博 治 君  運輸部管理課長業務課長         福祉事務所福祉課長益 岡 重 男 君           古 林 育 夫 君  消防本部次長庶務課長           岡   晴 之 君  消防課長     大 島 良 信 君   消防署長     小 林 勝 忠 君  教育長      藤 田 重 次 君   教育次長     西 田 素 康 君  庶務課長     木 村 善 二 君   学校教育課長   藤 井 健 次 君  社会教育課長   平 島 照 康 君   同和教育課長   塚 原 尚 昌 君  体育課長     松 岡 正 次 君   国保年金課長   室   鳩 夫 君  衛生センター長  榊   武 夫 君   環境課長     河 野 忠 久 君  同和対策課長   清 部 昭 治 君   商工観光課長   播 磨 繁 夫 君  土木課長     宮 崎 義 範 君   都市計画課長   野 間 繁 満 君  下水道課長    大 島 安 幸 君   建築課長     吉 田   実 君  耕地課長     井 上 広 治 君   文化会館長    橋 本   毅 君  競艇部庶務課長  美 好 美喜夫 君   競艇部業務課長  斉 藤 素 久 君  競艇部警備課長  秋 野 昌 郎 君   図書館長     橋 本 義 男 君  教育研究所長   島   幸 良 君   工業高校事務長  米 崎 文 幸 君  監査委事務局長  佐 藤 喜美夫 君   選挙管理書記長  清 水 則 夫 君  農委事務局長   林   敏 雄 君    ─────────────────────────────────            議会事務局職員出席者  事務局長    豊 田   昇 君    次長      宮 本 仁 司 君  議事係長    川 上 昭 憲 君    資料係長    横 川 俊 彦 君  書記      中 井 敦 子 君    書記      上 原 恵 子 君    ─────────────────────────────────     午前 十時  五分 開議 ○議長(平松章生君) 連日ご参集ご苦労でございます。 これより本日の会議を開きます。 本日の議事日程は、お手元へ配付の議事日程表のとおりであります。 朗読は省略いたします。    ───────────────────────────────── △日程第一 市政に対する一般質問 ○議長(平松章生君) 日程第一市政に対する一般質問を続行いたします。 通告の順序に従って質問を許可いたします。 一、教育行政について 二、福祉行政について             十七番 開発外之君     〔十七番 開発外之君登壇〕 ◆十七番(開発外之君) 質問に先きだち去る十一月二十八日、常に地元地域に密着した政治活動をもっとうに議員として使命の範をしめされた、又若くして逝去されました故芝野彰氏に対し心よりご冥福をお祈り申しあげます。 さて昨日の代表質問一般質問での市長の政治姿勢について、かなり高度な又格調高い明日の市政のあり方について広範囲にわたり、論議を拝聴し、大変勉強になり、又一るの希望を持ち得たのは私一人ではないと思いますが、私は元来浅学非才のため、高度で格調の高い質問はできませんが、理事者の考え方一つですぐ明日からでも実行のできる事であり、私は常に弱い立場の住民の代弁者として常に質問して参りました。 そのような理解のもとに今回もよろしくご答弁お願い申しあげます。 まず最初に通告の順序に従いまして学校給食等についてご質問申しあげます。学校給食の目的について、又、過日の臨教審学校給食制度のあり方について検討していく意向を明らかにしたが、教育長としてはどのようにその点を受け止められているのか、学校給食問題についてこの二点についてご答弁をお願いしたいと思います。 次に福祉行政についてでありますが、先般の一般質問におきまして、幼稚園開放事業に対しての私の質問に対して市長の答弁で明らかに児童館にかわる制度であるということを明言されたわけでございますが、この点につきまして、その後教育委員会としては幼稚園開放についてどのような処置をされているのか。この点についてまずお伺いし、答弁により再問いたしたいと思います。     〔教育長 藤田重次君登壇〕 ◎教育長藤田重次君) 議長の許可をいただきまして、開発議員のご質問に対してお答え申しあげたいと存じます。まず学校給食につきましての目的等につきましてのことでございますが、学校給食児童生徒の心身の健全な発達に資すとそういうことが目標になっておりまして、今日まで学校給食子供達の心身の健全な発達に寄与した功績は大きいと存じております。 そういう中で過日臨教審の方でも自由弁当弁当持参ということの問題があげられましたけれども、私達教育委員会といたしましては文部省の指示を受けて現在文部省の方で指導しておりますことにのっとりまして、その給食事業を進めて参る予定でございます。臨教審で意見として出ておりますけれども、これはまだ具体的に施行の段階まで至っておらないのでございます。従って本市も学校給食につきましても従来通りやって参る所存でございます。 次に幼稚園開放の問題でございますが、幼稚園開放につきましては私共委員会の中で何回かの会合を持ちまして特に第一幼稚園子供達幼稚園開放の状況がうまく、進められますようにということで衆知を絞って今日まで歩んで参りました。前回の議会で幼稚園開放福祉事業の一環として扱うということでございましたけれども、福祉事務所等とのお話し合い話し合いを実は進めて参っておりますけれども、具体的にどういうことにどういう方向につきましては、結論を得ておりませんと申しますのは、実は本年度末までに次年度の方向を打ち出していこうということでございますので、市長の意思も体しながら、又、私共福祉事務所共十分話し合いを進めまして、市民の希望しておりますその方向を十分取り入れながら今後の開放に当たって参りたいとそう存じております。以上です。     〔十七番 開発外之君登壇〕 ◆十七番(開発外之君) 再問いたしたいと思います。 学校給食の問題につきましては、教育長の今後の今の取り組み方について、ご発言がありましたが、ただ文部省うんぬんという話でましたが、私は当初の目的のようにそれをあくまでも推進される意思があるか、あるいは逆に文部省というお話の中でどのような推論か、わかりませんが、もともとこの臨教審の分科会での意見はようは経費の節減というのが目玉になっておるように受け止めるわけでございますが、そのようなことは断じて許されるべきでないと私はこのように思っておりますが、しかしややもすると文部省はこのように引っぱられるような老婆心ながらするわけですが、その点について教育長としてはあくまでも今の学校給食目的維持に従ってあなた自身はこの制度について今後個人的でけっこうですが、どのような考えで望むお積りか、まずもう一度その点をはっきりお聞きしたいと思います。 次に児童館の問題でございますが、私も当初の質問の中に申しあげましたように私の質問はあくまでも弱い立場の人の代弁者として発言であり、昨日のような格調高い質問ではございません。 あなたの考え方一つで即明日からでも実現できる、今もお聞きしますと前屈の質問でもありましたように試行の試行という形で来年度というお話しございましたが、教育長自体はいろいろ話し合いなさっておるとお聞きしましたが、現場の声じかに聞かれたことがあるのか、そしてどのような声があったのか、私はあなたと違う角度で調査しましたが、やはり幼稚園教育と保育とははっきり分けるべきである、あくまでも幼稚園側は施設をお貸ししているだけだと、そういう意味であなたの声がでました第一幼稚園の件につきましては、特に幼稚園の先生をそれにあてがっておる、これは当然現場からそのような声が出るのは当たり前であり、又市長の声もありましたように、やはり児童館にかわる事業である以上、やはり福祉行政のあるならばほかの地区のように幼稚園の先生をあてがうというのでなくしてやっぱり福祉という立場での扱い方が良いのでないだろうかというのは現在の第一幼稚園開放事業に携わっておる先生非常に不満たらたらの中でされている、これが子供に大へん影響しておるように思うわけです。その実態を教育長は実際に見られ、それでも、なおかつ来年度からうんぬんという考えを持っておられるのか、この点について再度ご質問したいと思います。ご答弁をお願いしたいと思います。     〔教育長 藤田重次君登壇〕 ◎教育長藤田重次君) お答え申しあげます。 まずは学校給食におきます経費節減について、どのように考えているのかということでございますが、学校給食をどういう形でやるかということにつきましては、これは実施責任を有する設置者がその地域の実情を十分考えて、そして又学校給食の質をおとさないようにやっていく、そういうことで考えておるわけでございまして、私達は本市の子供達学校給食を今のような質の高い形の物で子供達が喜んで学校給食ができる形を考えて参りたいとそういうことで考えております。 次に児童館幼稚園の開放の問題でありますが、現場の声を聞いておるのかと、又福祉の面から考えました時に、福祉事務所関係の方が良いのではないかということにつきましては同感でございます。ただ私達は幼稚園でどういうような先生方の声があるかということにつきましては、特に幼稚園開放が三園行われておりまして、ご存知のように一つは黒崎、里浦であり、新しく第一幼稚園が本年九月からやっておるわけでございます。そうした中で、幼稚園の教師は特に第一幼稚園が十名幼稚園の教師がおります。そういう中で他の幼稚園と違った形の中で里浦、黒崎等の教員数と比べますと、三倍あまっております関係から、又その預かり保育をしております子供達の政子を考えました時に、このような状況になっておるのでございます。ちなみにこれは幼稚園施設開放利用日誌でございますが、幼稚園の方からは里浦、黒崎なみアルバイトを入れてもらいたいという要求が出ております。 しかしながらこの記録を見ました時に私達は市費を十分考え、又幼稚園先生方にこの状況を納得していただいて、市費の節減 そして又預かり保育の趣旨を十分わかっていただくという点から私達努力をしておるのでございます。 例えば土曜日は、去る十一月三十日は二名でございまして、午後のあずかりは二名でございました。 その前の十一月二十三日の記録はございませんが、もう一つさかのぼりまして、十一月十六日はゼロでございました。 又、十一月の九日土曜日にはこの日は六名でございました。この日は六名で利用するという記録がございました。 それから又、十一月の二日でございますが、二名でございます。ちなみにずっと読みあげましたらよろしいのでございますが、あと省略させていただきます。 十一月の二十六日ずっとさかのぼっておるんですが、十月の二十六日は一名こういうような土曜日の午後の預かりの数をみます時に現在木津の児童館におりました保母を幼稚園の方へ名張り付けております。 さらに幼稚園の教師を十名おりますので、輪番でお世話下さいよと言いながら、土曜日は今読み上げた少ない数の中で、さらに又一名の幼稚園の教師をアルバイトでも雇うということになりました時に、果たしてそれだけのアルバイトを雇うだけの必要性があるかどうかということを私達は十分考えておるのでございます。 そういう中で幼稚園の教師の預かり保育につきましての善意を十分私達ご期待しながら、こうした午後の預かり保育を先生方のお力にすがりつつ経費の節減等もありまして、進めておるのが今日の状況でございます。 そういうことも申しあげておきます。     〔十七番 開発外之君登壇〕 ◆十七番(開発外之君) 再問いたしたいと思います。 私の再問の仕方が悪いのかしら、教育長はだいぶ曲がった方向の答弁、学校給食について経費のうんぬんというのでなしに、私のいうのは臨調の方はそのような考え方で答申を出してきておるわけですが、あなたの文部省うんぬんという話がございましたので、文部省という所は臨調にどうもひきずられる可能性がある、又いつかは臨教審の答申の憂いがあるので、私はあなた自身は当初の学校給食健全発達に非常に効果を発しておる、この線であくまでどこから文部省であろうと県から言われようと、この通りやっていくという強い決意がお聞きしたかったわけでございまして、経費の問題もなんか関係のないようないろいろ工夫してうんぬんという私はそういう経費の節減を尋ねているわけではないんです。 もともとの発足は臨教審でこの問題出ているということを踏まえて質問したわけなんですけど、あなた自体は私もあなたと同じようにこの学校給食で今までの目的維持というのはやはりその児童の健全発達非常に効果が発揮している、特に子供さんの身長あるいはそういう事いろいろ見ましても私達の時代と比べますと、大へん立派な過程での発達が見受けられるので非常に効果があるものだと、これをあくまでも経費節減とそういうようなことにこだわることなくして、例え文部省であろうと、県教であろうとよしんばそのことが老婆心ながらもしもそういうことがでてもあなたはそれをあくまでも当初の目的のように学校給食ということは続けていかれる考えがあるか、それをお聞きしたかったわけでございます。 再度あなたの学校給食に対する態度を協議していただきたいと思います。 次に児童館及び幼稚園開放事業の質問の中で、あなたは今数学的に最も少ない土曜日、今の実態はちょっと報告あったわけなんですけれども、私はやはりここの問題につきましては現場の教員の先生との話し合いができているのか、指導とかいろいろ話ございましたが、あなたが言っているようなそんな気持ちでは現場の先生おらないというのをまず認識しなくてはいけないのではないかと思いますというのは、当初に私は前回の質問しましたように、これは福祉行政教育行政はっきりたて分けした中で、あなたの保育園的な考えであるのであったらそのような改革しなくてはいかんと思うんです。それであれば今のような状態の中ではやはり幼稚園の教員を十名、例えば第一幼稚園の話でましたが、十名おる中だから輪審にしたら大した負担ではないだろうと、お考えでございますが、やはり幼稚園教育の中に先生というのは保育所と違いまして、やはり明日の又授業に幼稚園も授業という言い方ふさわしくないか、私は適当な言葉知りませんが、私も過去に幼稚園の連合会の会長したことがございますが、先生の実態非常に一般には幼稚園の先生というのは午前中で何でもするんで楽だなあと一般の認識ございますが、私は実際に幼稚園の中に入ってみますと、大へん幼稚園の先生というのは午後子供さんをかえしましてから明日の段取り、又その一日のいろいろ資料集の何かで大へん時間を四時、五時頃まで幼稚園の中でけっこう仕事あるという実態つかんだわけでございます。 そういうようになりますと、やはり幼稚園の先生を使うということは明日の幼稚園の教育に支障を期たすと私は理解して参りました。 教育長としては経費うんぬんという言葉でましたが、やはりあくまでもあなたは幼稚園の先生を使ってスムーズにこの開放事業が子供にそういうような大人の気持ちが子供って非常に敏感でございまして、その中で今の現在のようなやり方でうまくいくと思っておられるのか。 又、市長の答弁にありましたように、前回ありましたように児童館と同じような扱いの中で、これを考えていると児童館の建設できない所に対して、幼稚園の開放はじまったわけなんですけれども、それでいくと当然当初はやはり福祉事業の中で始まったのが、この事業なんですが、教育委員会としてこれを受けて、福祉も福祉行政もあなたの今の発言でありますと、幼稚園の先生を使いながら経費の節減の為にそういうようなシステムでやると、このように思っておられるのか、合わせてここで福祉事務所長にお尋ねしたんですが、当初幼稚園開放事業に対しては福祉事業ということで、福祉の方からこの開放事業幼稚園の施設だけをお借りしてはじまったのが、どうして、どのような理由でこの幼稚園場所提供だけじゃなくして、職員も幼稚園の先生でするようになったのか、この点合わせてこの際お聞きしておきたいと思います。     〔教育長 藤田重次君登壇〕 ◎教育長藤田重次君) お答え申しあげます。 学校給食につきましては本市の学校給食の状況を十分考えて、私はそれを進めて参りたいとそう思っております。 次に幼稚園の開放の件でございますが、私は現在の幼稚園の教師による、児童館から第一幼稚園へ転入して参りました幼稚園の教員、あとのもう一名につきましては幼稚園の教師の奉仕とでも言いましょうか、割り当て、輪番制による二名でその午後の預かり保育に当たっておりますが、その状況を必ずしも私は満足はしておりません。ただ今年につきましては試行の試行という言葉で申上げておりますけれども、とにかく第一幼稚園のその開放は一つの開放事業幼稚園開放事業の一つの、言うならばそういう動きの端的に出てきておるということを考えます時に、第一幼稚園児童館がありながらさらに第一幼稚園を開放するということにつきましては、これは初めてのケースでございます。 そういう中で十分その幼稚園の預かり保育を午後の保育をどういうふうにするかということにつきましては、十分に考えて前回にもご答弁申しあげておりますように、あるべき形というものを模索していきたい。 そういう形の中で現在の幼稚園の教師に対してはいろいろと幼稚園の代表の者、あるいは又幼稚園の副園長等々と又園長等々とそのへんのお話を進めておるわけでございます。 しかし幼稚園の方からはどないかアルバイトでもとこういうことであります。しかしアルバイトを入れるということになりますと、後々の次年度の来年度の事なんかもかかわって参ります。そういうことを考えますと、今しばらくその試行の試行というところで本年度の状況を考えていこうじゃないかということで進めておるわけでございます。以上でございます。     〔福祉事務所長 高田賢次郎君登壇〕 ◎福祉事務所長高田賢次郎君) お答えいたします。 五十七年に黒崎幼稚園開放事業やったわけなんですけれども、一年間の流れの中で当初は保育児が少なかったというようなことであったわけなんですが、そこで二名の保母を配置した、その後保育所の児童数が増加して参りました。その増加に伴った分を保育所に引きあげる、そして幼稚園の方を希望するアルバイトがございました為に、そのアルバイトで対応したという経過です。 それで現在も黒崎里浦幼稚園につきましては、そういう方法で行っております。以上でございます。     〔十七番 開発外之君登壇〕 ◆十七番(開発外之君) 一応再問は三回で終るということで残念でございますが、まだこの問題につきましては、まだ私としてはどうも理事者の答弁では納得できない所がたくさんあるわけなんですが、学校給食問題につきましては、教育長の今の現在の方向で例えどのような方向付けされようと当市としては、今までのような給食は続けていきたいとこのような決意の程を披瀝ございましたので、そのようなことを、これを了といたしまして、この問題につきましては終りたいと思います。 なお又幼稚園開放事業につきましては、教育長まだまだどうも現場の本当の先生の声、なまの声を聞いてないという。何度あなたの所へここで質問しても再問しても私の言わんとすることはどうも伝わってないと、このように思いますので、又先程特に福祉事務所長からお話ありましたように、同じ幼稚園開放におきましても、黒崎里浦はちゃんと問題のないように幼稚園の先生使わずに現実に試行しているというお話ありました。 それとあなたが今一つ認識不足なのは児童館があって、開放しているのは今度始めてだと、このようにお答えありましたが、形は違いますけれども、やはり生徒数園児数が多い撫養におきましては、当時はいろいろな財政上の問題で裕福であったのか知りませんけれども、第二児童館が撫養の場合はできておるわけなんです。 それができないからかわるべく幼稚園の開放ということで、同じようなケース、形は違いますけれども、やはり現祉事業として、一方数の多い撫養校区ではそのように実施されている。そういうことを考えますとどう考えても、この第一幼稚園幼稚園開放幼稚園の先生を使うというのは矛盾があると、私はこのように思うわけでございます。 今の福祉事務所長のご答弁をよくですね、あなたは聞かれたと思うんですけれども、今後この点につきまして試行の試行と言わずに早急に正常な運営ができるように私から特に強く要望入れて、この全質問を終りたいと思います。 ○議長(平松章生君) 次に、 一、文化振興について 二、教育行政について 三、観光行政について             九番 遠藤将弘君     〔九番 遠藤将弘君登壇〕 ◆九番(遠藤将弘君) 議長の許可を得ましたので、通告に従いまして質問をして参りたいと思います。 まず質問に入る前に過日ご逝去されました故芝野議員に対しまして、心からご冥福をお祈りいたすと共に、この場をおかりいたしまして、ご遺族に対しまして、心からおくやみ申しあげる次第でございます。 さて質問に入りたいと思いますが、まず最初に文化振興について市長にお尋ねいたしたいと思います。 昭和五十七年五月文化会館の落成を機として、第九のあの大合唱がありました。 そして渦潮の町だけでなく、文化都市鳴門という名も全国的に認められたのでございます。 さかのぼってこれを見てみます時に、大正七年当時のドイツ人捕虜が本邦第一回の初演の演奏をして第九を演奏したのが縁となったのでございます。 又、他方地元の文化を見ます時にやはり浜屋制度に支えられた当時の浄瑠璃文化の発達を見ておったのでございますが、やはりそれらが下地となってこの五十七年の第九合唱が成功裏に導かれたのでなかろうかと思うのでございます。 又、当然その第九を歌う会の会長としての市長の情熱、又ご努力は言うにおよばず、関係者のそれぞれの立場においての努力が実を結んだものでなかろうかと思うのでございます。このようにして第九の合唱は回を重ねまして、来年は第五回を迎えようとしております。 ここで鳴門市の音楽愛好者の中でやはり鳴門交響楽団がつくれないものかという声が上がって参っております。 又、来年は鳴門教育大学が学部募集を行われます。 ここにやはり音楽嗜好の学生も入って参ると思うのでございますが、それらを踏まえます時に、やはりあの市長が第九を歌う会員に情熱をそそいだと同様に暖かい理解と情熱を傾けるならば、この鳴門交響楽団も育っていくのでなかろうかと思うのでございます。 六十二年は大鳴門橋に通ずる木津までの全道が開通されます。 又、第九を合唱して満五年になりますが、これを目途に鳴門交響楽団を育成するお積りはどうであるか、市長にまずお伺いいたしたいと申しあげます。 又、音楽教育を通じた情操教育、あるいは底辺の拡大に市長が格段の配慮をされまして、先般桑島小学校に管楽器の導入を図られました。聞くところによりますと、これを拡大したいという市長の意思があると思いますが、あらためてここでご確認をいたしたいと思う次第でございます。 続きまして、教育行政について質問いたしたいと思います。教育行政教育長の執務姿勢となっております。 教育長も就任されまして、約一年がたって参りました。 鳴門の教育長としての教育事情も十分把握されたことと思いますので、あえてこの質問を行うのでございます。 又、同時に私は鳴門の教育を憂える為にあえて申すのでございます。 今あなたに対し、ある人は巧言令色少なし仁と申しております。 又、ある人は責任を他に転嫁する独特の体質の持ち主であるということを言っております。そこらを踏まえて具体的に質問に入りたいと思います。 あなたは谷市長から西ドイツ姉妹都市であるリユーネブルク市との生徒との手紙の交換を子供達に働きかけて欲しいという要請を受けておるはずであります。 それがその後どうなっておるのか、まずお伺いしたいと思います。 続きまして、ささいなことのようでありますが、教育長としてはやはり看過できない問題でございます。 過般九月に市長を団長といたしまして、訪独使節団が参りました。九月の十四日に第一班が帰って参りました。その時にあなたはお出迎えに行っていたはずでございます。 ところが噂によりますれば、あなたはその時酒気おびであった、周囲の人が顔をしかめる位酒のにおいをさしていたという噂がございます。 このことについても一般人ならいざ知らず、やはりもしそういうことがあるならば教育長としては誠に仁のないことでなかろうかと思うのでご答弁をお願いしたいと思います。 続きまして、責任の転嫁でございますが、九月の定例議会まず松本議員の児童の動員の問題について、全く教育長という立場を離れて、学校現場に責任を転嫁された答弁をされております。これで鳴門教育の要として教育長の職が勤まるかどうか。 又、井形議員の中学校の新設問題について、あなたの考えを述べるのじゃなくして、あたかも統合が間違っていたかのように矢を市長にむけた答弁をいたしております。このことについてあらためてお伺いいたしたいと思うのでございます。 続きまして、あなたの巧言令色少なし仁の端的ものが、学校でなしに教育委員会の教育研究所のあり方でなかろうかと思うのでございます。 市長はあなたを教育長に任命する時、機器教育の権威者である彼が教育長になれば機器を最も重要視した教育をしてくれるだろうということを繰り返し議会に言っております。 又、あなたはそれに応えて恐らく新開発表によりますと、校長級という言葉で大物の所長を配置されたところが、この教育研究所をつぶさに見る時に、全く中はからんぽであります。所長だけ校長級ということで実務の方は、全くおそまつそのものであると思うのでございますが、これについての教育長のご見解をお尋ねいたしたいと思います。 続きまして、観光行政でありますが、昨日の一般質問の論議ほとんど観光行政に終始されました。 市長も大英断の答弁をされておりましたが、それらの実行するもととなるものは何であるか、これは商工観光課長にお尋ねいたしますが、当然あなたはそのもとになる資料を収集されておると思いますので、大鳴門橋が開通以来、十一月末までの通過車両月別にご報告願いたいと思います。 又、鳴門公園の第一第二第三駐車場における駐車台数を詳細に報告願いたいと思います。 そして、あの莫大な投資をしました架橋記念館の入場者がいくら程になっておるのか、これも月別に詳細にお伺いいたしたいと思います。 なぜ私がこのようなことを申すかといいますと、やはり数字が絵になり文章になるのでございます。 行政としては基礎となる数字を把握しなければいかなる物を論じても砂上の楼閣となる危険があるのでございます。当然行政の課長として目の前にある資料でございますので、収集しておると思いますので、ご発表願いたいと思います。答弁によりまして、質問したいと思います。 ○議長(平松章生君) 小休いたします。     午前 十時五十一分 休憩     午前 十時五十七分 開議 ○議長(平松章生君) 再開いたします。     〔九番 遠藤将弘君登壇〕 ◆九番(遠藤将弘君) 私の質問中、松本あるいは井形議員の質問に関する答弁についてでございますが、この二件につきましては、全部取り消していただきたいと思います。 ○議長(平松章生君) 只今、遠藤将弘君から、発言の取消したいとの申し出がありました。 この申し出を許可することにご異議ありませんか。     〔「異議なし」と呼ぶものあり〕 ご異議なしと認めます。よって遠藤将弘君からの発言取り消し申し出を許可することに決しました。 ○議長(平松章生君) 小休いたします。     午前 十時 五十八分 休憩     午前 十時 五十九分 開議 ○議長(平松章生君) 再開いたします。     〔市長 谷 光次君登壇〕
    ◎市長(谷光次君) お答えいたします。 鳴門交響楽団作らないかというお話でございますが、私は前々から鳴門に交響楽団を作りたいという気持ちは持っておるのでございます。 ベートーベンの第九を歌いましたのも鳴門市民による第九を歌った。だから楽団も鳴門の楽団であれをやりたいという気持ちは持っておるのでございます。 先般ドイツに参りまして、ドイツで第九の演奏をいたしました。あの時にはピアノで演奏したんでございます。それも非常によかった何とかして鳴門市に音楽熱をもう少し盛り上げたいという気持ちで、先般桑島小学校へトランペットとかトロンボーンの楽器をその買わせたのでございます。あすこのあの学校では金管部という部を、作りまして、三年四年五年の生徒が三十人位集まって、演奏をしてやっておりましたが、二十日練習して私の所へラッパふけるようになったから聞きにきてくれないか。というこういう連絡がありましたので、私はいきましたけれども、上手に演奏したんでございます。 子供が二十日間練習してあんなけトランペットとかトロンボーンなんか吹けるんなら、これは大したものだと思ったのでございますが、聞くとあすこの運動会の時も、あの金管部の第九の演奏をやったというのも聞いたのでございます。 私は音楽を通じまして、子供達の情操の教育あるいは、不良化防止だとか、いうあの問題に役にたたないだろう、かということを考えまして、鳴門西小学校の方へこういう話しまして、ここでも金管部を作ることになったのでございます。 それから堀江南小学校ではこれを作るようになっております。川崎小学校でも人数は少ないけれども、あすこもこれをやらして見たらどうだろうか。全市の小学校でもう少し音楽熱をあげていったらどうだろうかと、こういうことをすることにより鳴門交響楽団が生まれてくるんじゃないかという気持ちを持っておるのでございます。できるだけ鳴門交響楽団が早く結成できるように、私も指導いたしたいというふうに考えておるのでございます。一つご理解いただきたいと思います。以上でございます。     〔教育長 藤田重次君登壇〕 ◎教育長藤田重次君) お答え申しあげます。 まず西ドイツのリューネブルク市の生徒との手紙の交換でございますが、私がお聞きしておりますのでは、この向こうのその話をいただきまして、子供達の文通は十数人がその連絡を文通をはじめました。ところがその後子供達が卒業いたしまして、高等学校それぞれの高等学校にいきました段階ではもう子供達子供達相互の中で文通をしておると中学校側では聞いておるわけでございます。中学校に参っております時には自分の絵、作文しました文章が適当かどうかということを英語の教師に見てもらっておるわけですから、わかるわけですけど、もうそれぞれ高等学校へいきました段階で中学校の手をはなれているということで、ちょっとそこの所がつかめ切れないという話でございました。 そういうことで子供達の文通は現在も人数は減っておるんじゃないかということも考えますけれども、そういう形は続いておるんじゃないかと私は期待しておるのでございます。 その次に市長の旅行団のお帰りの時に酒気おびでないかと、酒を飲んできておったのでないかということでございますが、ご指摘でございますが、私は先程議長が訂正して下さいました。車の免許を持っておりませんので、私は家内に運転させることにしております。 従って、もし当日酒を飲んでおったということがあったら、家内が運転しておるはずでございます。 私の記憶でこの日別の会があったのか存じませんけれども、そこのところはっきり覚えておらないというところでございまして、もしそういうことならば、もしご遠路、旅をされてお帰った方々に酒気おびでもってお迎えしたということならば、誠に申し訳なかったと思いながら、別の会があったのか、そこのところちょっと記憶にないわけでございます。 それから次に教育研究所の教育機器利用の問題でございますが、私は本市における教育機器というのは教育研究所及び市の教育委員会の重点施策にも盛り込んでおりますように、私共は機器利用というのは学校における機器利用というのは委員会行政の一つの柱だと考えております。そういう点でこの機器利用は前年度と同じように私は各学校においては十分使われていくように研究所も指導されておりますし、又、子供達にその当たりの指導として、生かされておるのでないかと私は受け止めておるわけでございます。 なおここで申しあげますならば、よくわかる授業の為に機器があるから機器を使うのでなくして、よくわかる授業をどう作り上げるかという中で、機器を使っていくということでございまして、授業の中で機器を使っておるから、使ってないから教育機器が十分使いよう使わんということでないわけでございます。 よくわかる授業、創造の中で教育機器をどう位置付けどう子供達によくわかるような組織化をしていくかということが機器の位置付けの私は最も大事なことであると考えておりますので、そういうことでご検討いただきましたならば、機器の利用はむしろ今回の研究大会でも発表しておりますように、十分現場において研究は進んでおるという私は認識をもっておるのでございます。 以上ご答弁申しあげます。     〔商工観光課長 播磨繁夫君登壇〕 ◎商工観光課長(播磨繁夫君) お答えいたします。 大鳴門橋が開通して以来、十一月末までの通過車両数でございます。まず月別に申しあげますと、六月八日開通以来、六月中は合計で二十万八千百十八台でございます。それから七月が二十七万二千三百二十八でございます。それから八月分が四十二万九千三百六十台です。 九月が二十二万二千五百十一台です。十月が十九万四千百八十六台です。 十一月が二十万七千二百二十四台でございます。 それから第一第二第三駐車場の台数でございます。 これ私の手元でございますけれども、一、二、三をまとめた分でちょっと今調査いたしておるのでございます。六月が一万九百二十八台でございます。 それから七月が一万五千三百二十六台でございます。 八月が二万三千八百四十七台でございます。 九月が一万一千二百五十七台でございます。 十月が五千二百四十台でございます。十一月ちょっとまだ集計が手元に持っておりませんので、これで失礼します。 それから架橋記念館でございます。架橋記念館が四月二十三日からオープンいたしまして、四月分が七千六百十三人でございます。 それから五月が二万六千九百七十五人でございます。 六月が二万二千七十人でございます。七月が一万七千七百六十六人でございます。八月が二万九千三百二十六人でございます。九月が一万二千八百十一人でございます。 十月が一万三千三百五十八名でございます。 十一月が一万一千九百四十一名となっております。 以上でございます。     〔九番 遠藤将弘君登壇〕 ◆九番(遠藤将弘君) 再問いたしたいと思います。 最初の手紙の交換の問題でございますが、教育長は校長時代のことを申しておるのでないかと思うのでございます。あなたが教育長になられて三カ月して卒業されております。この話題になったのはドイツから六月に大鳴門橋の開通式の時に、ニッケル市長夫妻シュターデルマンさんが来た席で、再度市長に要請して市長は藤田教育長に協力方を要請してあります。又シュターデルマンさんは、あなた自身何回もあって旧知の中で彼ならばやってくれるでしょうということで、非常に期待をいたしております。ところがあなたが教育長になってからこれがとだえておる。そこに疑問があるのでございます。 市長に対して二つ返事で促進方を言っておきながら、教育長になって何もなされていない。又過去十年森本、佐賀、吉成教育長がやはり尽力されまして、児童の使節団がいくたびに資料の絵画(書道等の交換等がなされてきましたが、あなたになってそれが打ち切られておる、そこらがやはりあなたを知っておる、あなたの中学校校長時代、あのドイツからのお客さんを熱烈なる歓迎ぶりを見ておる人達でございますので、あなたの教育長になってからの冷淡さに失望しておるのでございます。 非常に残念に思います。これについてお答え願いたい出迎えの酒気おびで、私は酒気おび運転ということは、言っておりません。酒気おびで出迎えにきたんでないかという噂を聞いたということで言っておりますので、やはり、この点あとに残ることでございますので、再度いっておりますが、酒のことはそれ位のことにしておきますが、やはりあなたはいろいろ酒の問題がルル聞こえて参ります。やはり教育長は校長時代と違いまして、鳴門市の教育行政のトップにたつ者でございます。 プライベートとは別としてやはり公式、又大衆の中に出ていかれる時に十分注意されるように要望して、この問題は終りたいと思います。 続いて後先になりましたが、市長に文化振興についてを市長の答弁全く多としたいのでございますが、あの第九を歌う会を結成された当時の情熱を思い浮かべまして、この鳴門交響楽団が成功裏に演奏会がもてるよう一層の努力を要望いたしまして、この問題は終りたいと思います。 続きまして、先程商工観光課長から発表いただきました資料でございます。少し詳細にこの資料を解読したいと思います。 当然商工観光課でも解読しておると思うのでございますが、この観光バスの通過量即ち通行区分では超大型章に入っております。これが上下合わせて六月では一万一千四百台となっております。 又、上下線登り下りも約おおざっぱに見て、均等化された動きになっております。 ただこの中に大型トラックが入っておりますので、公団の説明ではこの中で観光バスでは七十パーセントでなかろうかと言われておりますが、この数字を押えて全般的に聞きたいのでございますが、六月だけを例を取りますならば、六月にあなたが説明されたように、駐車場に入ってきた車は、大型車で二千二百少々でございます。ということは七十パーセントで見て、又定期路線バス等をひいても、なおこの差があるのでございます。 ここが将来の鳴門観光のピークポイントになるのでないか。あなたはどうお考えになっておられるか。それと、あなたの発表されました駐車台数から割り出しますと、約十月までに五カ月間で約五十万ないし六十万の人が鳴門公園にきておる勘定でございます。 ところが架橋記念館四月から申しましたが、六月からトータルしますと、十万人足らずになります。 この数字を見てあなたは架橋記念館の持つ意義、あるいは今後どうしなければならないか。これから作るのでない、作れたものの利用再評価もこの数字からできると思うのでございますが、それらの点をお聞かせ願いたいと思います。     〔教育長 藤田重次君登壇〕 ◎教育長藤田重次君) お答え申しあげます。 六月大鳴門橋開通に伴いまして、ニッケル市長、シュターデルマンさんともお会いいたしました。 その時のこちらの方の作品をお送りするということにつきましては、文通の状況を作るということにつきましては、その後帰りまして第二中学校外、英語関係者にお話いたしました。具体的にそれぞれの学校でどうなっているかということにつきましては、実は確認はいたしておりませんけれども、さらにこの点考えてもしそれぞれの学校でできておらないのであれば督促をいたしたいと思います。 なお、こちらから視察においでる時に子供達の絵画をもっていかれたというお詣でございますが、私が聞いておりますのは、持って行った時もあるし、それでなかった時もあったということに聞いております。 私共ご下命ございましたら、本市の子供達の作品をもってお送りすることについては、どないかして国際親善の上でいたしたいとそう存じておるわけでございましてその点、子供達の絵が必要だとおっしゃっていただいておったんだったら必ずやこれは用意できておったはずでございます。特に本市とリユーネブルク市とは歴史がある関係でございますので、さらに子供達の友好親善が上がって参りますように教育の上では、一層取り上げて考えていきたいと思っております。以上お答え申しあげます。     〔商工観光課長 播磨繁夫君登壇〕 ◎商工観光課長(播磨繁夫君) お答えいたします。 先程遠藤先生おっしゃったように、六月で大型が二千二百九十五台ということになっております。 考え方といたしましても実は昨年のピアが始まる時から、四月二十八日から十一月の末まで鳴門公園交通規制がされたわけでございます。その期間中の日曜日、祭日阿波踊り期間中ということで時間制限をしまして、交通をストップいたしまして、大型とタクシーを入れたわけでございますけれども、ちょっと聞いてみますと、やはり満杯になっておる時もございますけれども、途中まだ余裕があったというふうに聞いたことがあります。 そういったことから考えまして、やはり大鳴門橋開通いたしまして、台数にしまして十一月末、最近まではだいたい三万台位来られておるわけでございますけれども、いろいろ考えまして、やはりこれは時間制限というのでなしに、やはり空いている時は十分そこへ通すようにやっていかないけないと思うわけでございます。 できるだけ鳴門公園にきたお方が便利よくしてあげるのが、我々行政の責務でないかというふうに考えております。ですからその空白の所というのでなしに、常時満杯の場合は仕方ございませんけれども、若干でも空いておる時はそこへはめて誘導していくというかっこうでやっていかなければいけないというふうに思っております。 それからエディでございますけれども、やはりここの分につきましても架橋記念館ということでございまして、やはり子供にしましても、又大人にしましても橋ができるまでのいろんな資料を展示いたしておりますので、十分県民あるいは市民全国の皆さん方にもご紹介してご覧になってもいただかなければならないと思いますし、又、遠足その他旅行等にも紹介しまして、是非共まだまだきていただきたいというふうに思っております。 年間通して今年は二十万人位できるということでございましたけれども、まだそこまで到達していっとらんように思いますので、これから県と共に十分努力いたしまして、観光客あるいは見学される方迎えるような形でやっていきたいと思っておりますので、よろしくお願いいたします。     〔九番 遠藤将弘君登壇〕 ◆九番(遠藤将弘君) 教育長に対する質問でございますが、一応やはりそれぞれ誠意をもってことの解決に当たっていただきたい。 なお、先の質問で教育研究所の問題が落ちておりましたが、これは要望しておきたいと思いますが、過般やはり訪独使節団の記録ビデオを教育研究所にダビングをお願いしたところ、その結果たるや全く悲惨なものでございます。ということは音声がでないということは、ダビングの時に音声のことは二日程調査してわかったのであります。音声のつまみを締めておった。このビデオのダビングさえろくにできない教育研究所、教育研究所はほとんど教育資料としてそれぞれのビデオ等を提供しておると思うのでございますが、これに全くどういう方がされたかわかりませんが、非常に残念なことでございます。これもー般市民が取ったビデオでございますので、全く市長に教育研究所の不信の声が出ておりますので、十分対処されるよう要望しておきたいと思います。 商工観光課長の答弁でございますが、もう少しこの数字を踏まえて数字を解読された上で、あなたは何をなすベきかを考えて、行政当事者として考えていかなければならないということは、観光バスの通過車両が鳴門公園に入らずして、そのまま走っておるのもあります。 又、混雑して鳴門公園にいけなかった車もありますが、あなたは八月の例に取りましたが、八月は観光バスは、全く一番少ないんです。六、七、八、九、十それぞれの中で大型車両が一番少ない時期なのです。 これはなぜか、やはりここらを分析しなければなりません。そして全く乗用車が急激なふえ方をしておる。これは当然お盆の帰省客の動きに関連があると思うんです。 又、この数字を見てやはり感ずるのは、あのインターチェンジ、鳴門公園に至る県道鳴門線の改良拡幅なくして、この鳴門公園の発達はないと思うのでございますが、あなたはどのように考えられているのか。 又、エディの入場者でございますが、鳴門公園に来訪者の約二十パーセントおおざっぱな見方をすれば二十パーセントでございます。エディが成功であったか、今一つであるか、それぞれの評価は人によって違って参ります。もう少し立体的な施策がなされてよいのではないかと思いますが、この件につきましてもう一度ご答弁賜りたいと思うのでございますが。 又、この資料をやはり持つのでなくして通過観光台数、あるいは鳴門に入ってくる、この大型台数等を、やはり観光業者、旅館業者に資料提供して、それぞれの対応をするよう要望していくのが行政当局の対処の仕方でなかろうかと思うのでございますが、この点につきまして、もう一つお聞かせ願いたいと思います。     〔商工観光課長 播磨繁夫君登壇〕 ◎商工観光課長(播磨繁夫君) お答えいたします。 一点目の鳴門公園に入らずして、見ずして帰られたということでございます。 先程申しましたようにやはり交通規制にもーつ問題があったんじゃないかというふうに思っております。 つい先日、市長に了解を求めまして、私共とそれから県の観光物産課、交通対策課、環境県の環境保全課でございます。それと県警本部の方々とよりまして実は来年度の対策について話をしたわけでございます。 おっしゃるように六、七、八、九、十とその内の八は一千四百七十台、それから普通車では二万一千九十一台と逆に多くなっております。 今年はためしということでございましたけれども、やはりこういう状態では観光客に対して非常にイメージが悪いし、鳴門公園行っても見ずして帰ったということで、都合が悪いということでございまして、来年は四月の末から五月の連休、それから阿波踊りの期間中だけ交通規制をしようじゃないかというふうな話も出ております。その外、月曜、祭日につきましては、みあわせた方がええんでなかろうかというふうなことになっております。 今後はそういったような点に向かって考えていくということに考えておりますけれども、最終的な結論ではございませんけれども、そういうふうになっております。非常に少なかった問題につきましては、やはり私共といたしましてもよく判断して来年の対策にやっていかなければならないというふうに思っておりますので、ご了解願いたいと思います。 それからこれらの数値的な資料につきましては、観光協会通じて、鳴門市の観光協会入っている旅館、それから運輸行政こういったところで、さらに提供していきたいというふうに考えておりますので、ご了解願いたいと思います。 それからエディの問題でございますけれども、県と共にいろいろご相談申しあげて、やはりもう少しPRしなければならないし、どんどんやっぱりきていただかなければならないというふうに考えております。 それからやはり来年さ来年位には、東京都の中学校の修学旅行にこのところが組み入れられるんでないかと、ただ決定したわけではございませんけれども、今年の夏に視察団が来られたわけでございます。 そういった時にやはり架橋とそれから架橋記念館、大谷焼なんかは是非共ご覧になっていただいてという陳情もいたしております。 こういった問題につきましても、いろいろと県なり相談いたしまして、これからの行政に反映させていただきたいと思いますのでご了解願いたいと思います。     〔九番 遠藤将弘君登壇〕 ◆九番(遠藤将弘君) 締めくくりをいたしたいと思います。観光課長も資料を持っておりますので、これは市長に要望しておきたいと思いますが、やはり資料が示す通り鳴門公園線の狭あいが一番問題でなかろうかと思うのでございます。やはり県道拡幅についてのご努力を節に要望いたしまして、私の質問を打ち切りたいと思います。終りたいと思います。 ○議長(平松章生君) 小休いたします。     午前 十一時三十三分 休憩     午後  一時  五分 開議 ○議長(平松章生君) 再開いたします。 一、市長の政治姿勢について             二十七番 松本 聖君     〔二十七番 松本 聖君登壇〕 ◆二十七番(松本聖君) 私は市長の政治姿勢ということで、大麻地区の低地の排水対策問題につきまして、市長のご答弁をいただきたい。 又、具体的な問題につきましては、助役なり担当課長から補足説明がしていただければ幸いだと思います。 この問題は何と申しますか、十年一昔というふうに言われますけれども、二昔も前になろうかと思うのでございますけれども、大麻町が鳴門市と合併をする時に合併の条件として、樋殿谷川の改修を鳴門市の責任で解決する、そういうふうなことであったと思うのでございますが、あまり二十年もたったので時効だというふうなことかも触りませんけれども、問題は今だにこの問題は解決していないという事実があるわけでございます。 その当時も今も市長はここにおられます谷市長が、ずっと市長されておったわけでございます。 その事情は当事者である市長自身が十分十二分に知っておると思いますが、それ以後ずい分と情勢もかわりました。市長がこれまでにある程度の努力をされたということを、私は否定するわけではございませんが、まだまだこの間題の解決の為の努力が足りなかったのでないかというふうに率直に思うわけでございます。 そこで市長にお尋ねをしたいのは、まず第一番樋殿谷川の問題の解決については、どういうふうに今後対処されるつもりなのかということでございますが、それをまず第一番に聞きたい。 二番目の問題は水をおさめるということは、大へん難しいもんだというふうに私も思います。 特にこういう排水の問題ということは地域セクト的な考え方がどの地域もございまして、それがからんで問題の解決をより複雑に難しくしておるというふうに思います。堀江大麻町と申しましても堀江と板東と旧二つの町が合併して、その二つに関連しておりますがゆえに、樋殿谷川の改修が難しいというふうなことがあったわけでございますが、堀江地域においても関係地元の住民の熱意と運動によりまして、又市長や議会の皆様方のご協力によりまして、排水対策の二大事業が現在県営事業で着々として前進しておるというふうに言えようかと思います。一つは土木事業としての第二大谷川の改修事業、もうーつは耕地事業として湛水防除事業が行われておるわけでございますが、これら二つの事業の完成を関係地域住民は一日も早く首を長くしてまっておるわけでございますが、この進捗の見通し、完成の見通しというふうなことにつきまして、どういうふうになっておるのか、この点をお聞かせ願いたい。 そして、この二つの事業が完成することによって、今までのように水の被害の心配はないのかということについて、鳴門市としてどういうふうな認識でおられるのかということにつきましても、合わせてご答弁をいただきたいと思うのでございます。答弁によりまして再問をさせていただきます。     〔市長 谷 光次君登壇〕 ◎市長(谷光次君) お答えいたします。 樋殿谷川の問題につきましては、私の責任において解決しますというて、私も努力を続けておったのですけれども、川崎地区で非常に強行な反対を受けまして、それ以来この問題にふれておらんのでございますが、これは何とかせなならんという気持ちは、変わらないわけでございますが、もう一ペん頑張ってみたいと思っておりますので、一つ遅れましたことは誠に申し訳ございませんけれども、しばらく猶予していただきたいと思います。 それから大谷川の排水とか、あるいは湛水防除の問題等につきましては、担当課長の方からお答えいたしますので、ご理解いただきたいと思います。     〔土木課長 宮崎義範君登壇〕 ◎土木課長(宮崎義範君) お答えいたします。 私の方は土木の第二大谷川の改修についてお答えいたしたいと思います。 第二大谷川の改修につきましては、昭和四十八年から用地買収に着工いたしまして、現在だいたい護岸工業も五十パーセント進捗しております。 それでだいたい来年度も事業費一億程度は組んでもらっておりますけれども、これ護岸が完成するのは、まだ四、五年かかるんでないかと、又その上に一番上流部でダムもございますし、旧吉野の導流堤の所では狭流もございますので、完成時期がいつかということになりますと、まだ当分かかるんでなかろうか。できるだけ促進方を要望して参りたいと思いますのでよろしくご了解願いたいと思います。     〔耕地課長 佐々木弘之助君登壇〕 ◎耕地課長(佐々木弘之助君) お答えをいたします。 耕地課の方では昭和五十九年から県単の事業といたしまして、現在までに九百五十四メーター完成いたしております。それと先程言われた樋殿谷川の関係ですが、これにつきましては県営の堀江湛水防除事業によりまして、県の方で同じく六百五十メーター実施をいたしております。湛水防除につきましては、一応六十年度で終了でございます。以上でございます。     〔二十七番 松本 聖君登壇〕 ◆二十七番(松本聖君) 再問をさせていただきたいと思います。排水対策の問題で市長の答弁では樋殿谷川の問題は忘れておりませんと、もう一度やってみるということでございますが、非常にゆっくりされ過ぎておるのでないかと、昨月もそういう議員から意見がございましたが、私もそういうふうに思います。 是非自分の任期中には目鼻をたてるというふうな位の決意があるのかどうか、その点つっ込んでお伺いをしておきたいと思うのでございます。ご答弁をいただきたいと思います。 それと大谷川と湛水防除の問題どちらも県営の事業でございまして、市としては市の立場から県に対して要望していくというふうなことになろうかと思いますが、市の方の態度というのと、県と同じではないと思うのでございますけれども、実は大谷川の根本的な改修ということは、地域の住民が何回も毎年のように水害による被害を受けて大きな災害を受けたわけでございますが、それを市も当時努力してくれまして当時の知事は地域の住民の前ではっきりと口約と申しますか、約束をされておるわけでございます。用地買収さえ完了すれば二年位の後には全部できるんだというふうな話で答弁であったんです。それが用地買収はとうに終っておりますし、今の土木課長の話ではまだ四、五年はかかる、それ以上というふうなことでは今工事中でございますから、もし幸いここ四、五年大きな豪雨がないので問題はなかったわけで幸いでございますけれども、もし五十一年の時のような、大きな豪雨があれば大へん大きな被害を関係地域に与えるわけでございますが、これらについて、知事がかわったから今の知事に責任がないというふうなことは言えんと思うんです。やはり県の責任は知事がかわろうと、だれがかわろうと県は県としての責任があろうと思うのでございますが、そこらについて県に対して当然早くこの事業の完成を要望されるべきだとこのように思うわけでございますが、その点についての市長の決意の程をお伺いを申しあげたいと思います。 次に湛水防除との関連の問題について、再問をさせていただきますが、この湛水防除事業は一応県の事業は終了するということでございますが、これとの関連の問題で、これの問題で私は非常にこういうことでいいのかということを率直に感じますので、その問題を二、三あげまして市長なり助役なりにご答弁いただきたいと思うのでございますが、県の事業というのはご案内の通り、本幹線の水路の整備と、排水事業の水門の設置、これだけの事業、それで湛水防除が終ったという認識かどうか知りませんが、これでとにかく六十年度で工事は終りだというふうなことでございますけれども、果たしてこれで堀江地域の低地の排水問題は解決ができるんか、今まで大雨が降れば二日も三日も、湖のような低地一帯、稲もかくれ一帯大きな池のようになるようなそういう問題が解決するのかということでございますが、そのことにつきまして今の工事をやられるのを見まして、この間も聞いたのでございますが、今の水路の整備では排水機三台の大きな一千八百ミリと一千二百ミリのポンプが合計三台あるわけでございますが、それのフル運転ができない一台の運転だけで水はつずかんというふうな、そういうふうな非常にもったいないというか、矛盾だらけの工事になっておるというふうに聞くわけでございますが、それらの問題についてはどういうふうなことなのか、お答えを願いたい。それともう一つはこれも大きな問題でございますけれども、今幹線の排水路が六百四十メ一トル現在工事中でございます。これがどういうふうな役割りを果たすのかと聞けば、この排水路の周辺の田畑が準取水池的な役割を果たす、一端低地の浸水した水は今までと同じように田んぼ一面に水が流れる、その水を水路を全体で受けて排水機場へ流すというふうな設計になっておるように聞くわけですが、そういうことになれば、堀江地域はたくさん掘がございます。掘にはいろいろな雑草、藻とか、いろいろ最近は農業用資材の廃材等もたくさんあるわけでございますが、それらが全部稲の上を農作物の上を通過して水路に出ていくというふうなことになれば、大きな農業災害を引きおこす恐れがあるのでないかというふうに思うのでございますが、それらのことについてどういうふうな考え方か、それらの心配はないのかどうか、専門的なご答弁をいただきたい。地域の関係者はそういう点での心配はございますので、はっきりしたご答弁をいただきたい。 それともうーつ耕地課長からご説明があったわけでございますけれども、県のこの幹線排水路と鳴門市が責任をもっております準要河川一例をあげれば中内谷川との接続の問題とか、先程耕地課長から説明のありました、市場大谷での排水路の結合の問題、こういうふうな問題がスムーズにできないとかえって排水機の運転によって二次災害をひき起こすということが、現実にあるわけでございますが、これらのスムーズに有機的な結合をどういう具合いにするのか、全体的な計画があるのか、どうか、言われた所だけするというのでは問題の解決にならんと思うのでございますが、それらのことについて、立ちいって質問するわけでございます。ご答弁をいただきたい。     〔市長 谷 光次君登壇〕 ◎市長(谷光次君) お答えいたします。 樋殿谷川の改修の問題をこれは任期中にやるということは私は無理だと思うので、何とか軌道に乗せておきたいというふうに思うのでございます。 それから大谷川の改修とか湛水防除の問題につきまして、県の方へは強く要望いたしたい。 そして早く完成するように要望しようと考えておりますのでご理解いただきたいと思います。     〔助役 森谷貞夫君登壇〕 ◎助役(森谷貞夫君) 湛水防除事業につきまして、お答えをいたしたいと思います。 まず雨量とポンプとの関連でございますが、なる程現在までのところ、幸い三台を回すだけの雨量はございません。計画でございますと、三日間で三百七十二ミリの雨量に対する排水計画をたてておるわけでございます。 従いまして総雨量がございませんので、今のところ三台回すような事態ではなかったわけでございます。 次に湛水のいわゆる湛水の深さでございますが、これにつきましては一端溜めてから排水するというのでなくして、やはり雨量との関連をその状況をみもって、例えば一千ミリを一台回す、又それの関連を状況をみもって一千八百を一台に切りかえる。又一千八百と一千ミリを組み合わす。又一千八百二台を組み合わす。いろいろな運転の操作があろうと思いますが、それは今後雨量なり又湛水の状況によりまして、運転をやっていくべきだとそういうふうに指導をいたしていきたいと考えておるところでございます。次に幹線水路とそれに結ぶいわゆる中内谷川との関連でございますが、中内谷川につきましては、これは県の方でどないかやってもらうように、今県の方と話し合いを進めておるところでございます。 できるだけ早くかかれるようにいたしたいというふうに考えております。 湛水防除事業ができた為に、又ポンプ運転をやった為に、外の水路へ影響を及ぼすということのないようにできるだけ、万全の措置を講じて参りたいというふうに思っております。よろしくご理解いただきたいと思います。     〔二十七番 松本 聖君登壇〕 ◆二十七番(松本聖君) 再問いたします。 市長の答弁で市長はメドを付けておきたい。樋殿谷川の問題につきましては完成は着工ということではなしに、これのメドを付けるというふうなことでございましたが、非常に抽象的な話でどういうことをメドというのかというふうなことになって参りますと、いろいろと理解の輻がでてこようかと思うのでございますが、この点えらいひつこいように思いますが、具体的にはメドを付けるというのは地元の了解を取るということなのか、どの程度のことを言うのか。用地買収の問題なんかについてもどの程度のメドを付けるというのか、その当たりのことをもう一度聞かせていただきたいと思うのでございます。 次に大谷川の問題につきましては、ただ県に促進方を強く要望するだけじゃなしに、そういうことではなかなかこれ前に進まんと思うのでございますが、被害が起こった場合には大へんなことになろうかと思うんです。 工事の中途で水害なんかおきて参りますと、エ事との関連でいろいろと問題になろうかと思うのでございますが、そういうことがあとで起こって、やあやあ言ってもはじまらんのでございますから、是非地元が全面的に協力して数年も前に用地の買収なんかについては、皆んな協力しておるのでございますから、是非県においては、そういう知事の政治的な口約もあるのでございますから是非やってもらいたいということを強く要望していただきたいと思うのでございます。 このことは要望に止めておきたいと思います。 次に湛水防除事業との関連での助役からの答弁について再問でございますが、この間題につきましても、何回も機会ある度ごとに私は本会議でそんなに何回も何回もということではないのでございますが、委員会の質疑の中では何回も機会ある度ごとに聞いております。 例えば中内谷川の改修の問題につきましても、工事の着工は十数年前にかかっておるんです。 それが中断をいたしましてもう十年以上になっておる、そういうふうな状態が市の外の事業にあるのか、そういうことを私見たことも聞いたこともないのでございますが、それが難しい地元の協力がなくして工事にかかれんというふうなことなら問題は別でございますが、地元から何の反対の声もない、ただ予算というふうなことで都合がつかんからだというふうなことで、工事がストップしておるということは、これは市の怠慢だと行政の怠慢だと言われても仕方がないと思うのでございます。 予算がつくように努力するのが、市の担当者の誠意でございますし、努力によればできるわけでございますから、そういうような点で私はとうてい先程の答弁では納得がいきかねるわけでございますが、県に今度は県に要望する県にやってもらうんだということでございますけれども、具体的にその見通しがどんなんか。県に言うてもあかなんだということになった場合、どないするんなということも含めて、お答えを願いたいと思うのでございます。そうしないと今までのいろいろな市と地元との約束の問題もございますし、非常に地域では皆んな市政に対する不信が、こういうことが責任を県に転嫁するようなことでは不信が増大してくるんでないかというふうにその点を心配しますので、もう一度その見通しなんかについても含めて答弁を願いたいと思います。 それと先程私が聞きました幹線排水路周辺の田畑がどういう役割りを果たすかというふうな問題についての準排水池的な役割果たさせられるのでないか、そのことによって、農作物に被害がでるのでないかというふうな心配があるわけでございますが、それについては心配があるのかないのかの答弁がなかったわけでございますが、その点についてもお答えを願いたいと思います。     〔市長 谷 光次君登壇〕 ◎市長(谷光次君) 樋殿谷川の問題ですが、まず地元の了解を取り付けること、できれば用地買収位まではやっていきたいなあと思っておるんです。何と申しましても六十二年度に国の事業に乗せれるように努力はいたしたいと思っております。 なかなか難しい問題ですけれども、やれるだけやってみます。     〔助役 森谷貞夫君登壇〕 ◎助役(森谷貞夫君) お答えいたします。 ずっと以前に単独で準要河川としての河川改修をやった、というふうなか所承知をいたしておるわけでございますが、純然たる単独費でございます。その後中断しておるのも事実でございます。できるだけ準要河川として国費をもらってやる方法もあるわけでございますが、何分にも最近の国の予算等もございまして、現在二線を準要河川で整備をいたしておりますが、それ以上の採択というのは非常に難しいということでございます。 これは準要河川じゃなしに一級河川で、県の方で認定してもらって、できるだけそうするととが最終は完成が早いというふうな判断をかためておるところでございます。お節のように除々にやっていく方法もーつの方法でございますが、できるだけ早く完成をするように私の方で、努力を続けて参りたいというふうに考えておりますので、一つご理解をいただきたいと思います。それと田畑に冠水した為にいわゆる、流下物によって作物に被害があるんでないかというご心配のご質問でございましたが、先程も申しましたように、それはポンプの運転の組み合わせによって、又運転の開始時間の調整等によりまして、できるだけそういう事態にならないように、努力をして参りたいというふうに考えております。ご理解いただきたいと思います。     〔二十七番 松本 聖君登壇〕 ◆二十七番(松本聖君) 最後にいたしますが、ただ今市長及び助役からの答弁でございますけれども、樋殿谷川の改修の問題につきましては、最初に申しあげましたように、情勢が大きく変化をしてきております。 以前は堀江地域の低地の人達がよくなる為に、我々がなぜ犠牲にならなければならないのかと、そういうふうな地域での関係地域での住民の皆様方の素朴な批判と申しますか、反対の意見が強かったように思うわけでございますが、堀江地域においては先程来申しておりますように、第二大谷川の改修、湛水防除事業という二大プロゼクトによりまして、堀江地域での排水対策事業というのは、大きく前進しております。 それとのいろいろ中小河川及び低地との排水路との結合なんかが進みますと、大麻地域の排水の処理、私素人的な判断でございますけれども、三分の二位は解決できるんでないかと、あとの三分の一が樋殿谷川の改修によって住民の生活、又農作物の栽培に被害を、水害による被害を最小限に防ぐことができるんでないかというふうに判断をするわけでございますが、そういうふうな観点にたって考えておるわけでございますが、市長においては先程で答弁がありましたが、是非そういうことを実現していただきたいというふうに思うわけでございます。 それと助役の答弁でございますが、県にそういうふうな基本的な点での要請を是非県が受けてくれるように、助役の力で、又市長の政治力でそのことを是非実現されるように強く要望いたしまして、今日の本会議での質問は終りたいと思います。左右に当たっては担当の常任委員会において、質問なり意見なりを述べさせていただきたいと思います。 ○議長(平松章生君) 次に 一、観光行政について 二、市長の政治姿勢について             十八番 勘川一三君     〔十八番 勘川一三君登壇〕 ◆十八番(勘川一三君) 議長の許可を得ましたので、質問事項に従いまして、市長並びに各理事者に対し、質問をしたいと思いますので、誠意あるご答弁をお願いいたします。 私達市民の長年の夢であった大鳴門橋も本年六月八日に、はなばなしく開通いたしました。 大鳴門橋は今や日本の代表する橋として、全国の各地から予想以上の観光客が訪れています。このことは私達鳴門市民にとって大いなる期待と希望が一段と高まっているところであります。しかしながら開通後における観光客の受け入れ体制が不十分な為に、せっかく訪れるたくさんの観光客が市外又は県外に流出されている。この事実は誠に残念なことであります。 私が今さら申しあげるまでもなく、鳴門市内に滞留していただくことが、何としても基本だと思います。 現在大鳴門橋に通ずる鳴門北即ち大毛、鳴門、木津インター間の高速道路工事が昭和六十二年度完成を目標に着々と進行いたしておりますが、これが完成し全面開通の事態を予想いたしますとき、通過観光は更に増大すると受け止めざるを得ないと思います。 以上の観点を申しあげ、通告に従いまして市長に質問して参りたいと思います。一昨日と本日の一般質問で先輩議員と重複する質問もあろうかと思いますが、よろしくご協力の程お願いいたします。 観光行政についてでありますが、まず最初に観光客に対する大型宿泊施設のことで申しあげますが、前段にも申しあげたように、観光客の誘致あるいは滞在観光を図る為にはまず第一に、観光施設を促進しなければならないと思います。 当地には豊かな自然環境は他に類を見ない物があります。従いまして、修学旅行をはじめ各種団体が大勢迎えても、大型宿泊施設がないが為に断念する県外客は少なくはありません。そこで手掛けなければならないことは大型宿泊施設ではなかろうかと思います。 前回でもこれらの問題について先輩議員が取り上げておりまして、その対策が図られているとは思いますが、このことについてどのようなお考えでおられるか。 又、民間活力の導入等で接渉した経過がありましたらお答えしていただきたいと思います。 次に市街地中心部のインターについて申し上げます。 大鳴門橋開通によってたくさんの観光客が訪れておりますものの、昭和六十二年には鳴門、鳴門北間の高速道も完成して、いよいよ直通となる訳でありますが、何だか鳴門市内を早く通過するにすぎない開通となるような気がしてなりません。 先般も市中心街の方々がすでに陳情されておりますが、私も同感であり、市中心街に通ずるインターを是非設け通過観光の足止め施策の一環として市が今後取り組んで推進する意思はあるのかどうか、お伺いをいたします。 次に岡崎橋、架橋工事についての質問に移りたいと思いますが、この件につきましては昨年度市長にお尋ねいたしまして、早期完成の意欲を聞き、大へん地域住民は喜んでいるところでありますが、ご承知のように大鳴門橋開通後における市内の交通状況は変化をいたしております。 川東地区での車両通行は一方通行等の制限も重なって、非常に混雑をおこしているのが現況であります。 この岡崎橋の早期完成を望む地域住民の声は一段と高まっているのでございます。 そこでお尋ねしたいのが、本年度の岡崎橋工事費予算は確か一億六百万円と記憶しておりましたが、七千六百万円と減額なっております。その理由をお聞かせいただきたいと思います。 又、六十年度以降の年次計画も合わせてお聞かせいただきたいと思います。 続きまして、岡崎海水浴場についてでありますが、一昨日叶井議員さんから海水浴の件で質問されておりましたが、重複するかもわかりませんが、よろしくご協力の程お願いいたします。 岡崎海水浴場は長年市民にしたしまれて利用されてきましたが、最近悪条件の中で開場している関係上、入場者が離れる傾向にあります。 ご承知のように岡崎海水浴場は景勝地に恵まれた伝統ある海水浴場でありましたが、近年潮流などの関係から砂が流出し、岩がさらけ出しているという大きな変化をおこしている状況であります。その原因の一つとして考えられますことは、県が作られた導流堤ではないかと思われます。現況は砂を補給するなどの応急措置を図りながら、開場していますが、鳴門市としても県に強く働きかけて原因を究明され、もとの砂浜になるよう何らかの対策を講じて海水浴場として今後も存続できるよう地域住民は切に願っています。 そこでこのような現状に対する反省会をもたれたか。 又、今後の対応策方針をお聞かせ願いたいと思います。 次に県営総合運動公園の施設についてでありますが、本県に昭和六十八年開催されます第四十八回国民体育大会も本会議が主会場に決定し、早急な諸準備が進行されているようです。 つきましてはすでに御承知のとおり、地域住民は総合運動公園誘致時の条件としては体育館新設は確約となっているのにもかかわらず、最近ちまたのうわさによりますとどこか他市、町にということも耳にいたしましたが、この点一昨日の平岡議員さんの質問に対し、市長の答弁にもありましたが、再度お聞かせいただきたいと思います。 以上、質問いたしましたので分かり易くご答弁をお願いいたします。場合によっては再問もいたしたいと思いますから、よろしくお願いいたします。     〔市長 谷 光次君登壇〕 ◎市長(谷光次君) お答えいたします。 まず大型の宿泊施設の問題でございますが、昨日も説明いたしましたように大鳴門橋ができまして、かなりたくさんな人が見えております。 しかし鳴門市にも徳島にもそういう大きな施設がありません。少なく共三百人から五百人位がゆっくり昼ごはんが食べられるような施設が、私は必要だと思うのでございます。そこで市内の旅館業者の方へも五百人位止まれるような施設をつくらないかという話かけはしておるんですけれども、なかなかよう踏み切らんのが現状でございます。どうしてもできなければ鳴門ハイツにつくるぞとこういう話もしておるんですが、とにかく大型の宿泊施設をつくる、そこへ泊まってもらわなければ通過観光になってしまうと思うんです。大型の宿泊施設をつくれば地下室とか、あるいは一階なんかにそのいわば歓楽街のようなもの、それから見やげ物の店なんかも出せるのだからそういうふうに、一つやってみようじゃないかとこういう話はしておるのですが、なかなか踏み切りがつかないのが現状でございます。 しかしこれはどうしても作らなければ、折角鳴門へ見えたお客さんが高松の方へ行ってしまうだろう、実際には高松の方に大分流れておるようでございます。 だから客を泊める為に宿泊施設をまず作るというのが、私は大事だと思っておるのでございます。 それから市街地の中心部にインターを作るということ。インターチェンジを作るということ。これは私は無理じゃないかと、今の大鳴門橋関連道路が六十二年に入ってきます、六十二年の三月まで中山までの、中山インターまで道路が完成する予定でございますが、この撫養の中心部へ乗り降りできるような施設がこれは望ましいんじゃけれども、ちょっと私は難しいと思っております。 それから岡崎のあの橋ですが、岡崎橋はなるべく早く完成するようにというておるんですが、なかなか進めにくいのが現状ですが、これは詳しいことは土木課長の方からお答えをいたします。 それから海水浴場の問題ですが、昨日もお話ししましたように岡崎海水浴場は是非残さなければならない。今のようなあんな石がたくさん出ておるような状態ではいきませんので、前へ離岸堤を作るとか、何か施設をして砂を集めないかん、これは県の方へよく話をしておるんですが、何と申しましても県営事業でやらなければならん、市は力がないので権限がないので、市の力ではできませんが、県の方へ早く働きかけてもとの海水浴場になるように努めたいと思っております。 それから総合運動公園の問題ですが、昨日も平岡さんの質問にお答えしましたように、先日議長なりあるいは鳴門市出身の三人の県会議員といっしょに知事に会いまして、あすこへ体育館を造っていただきたい。大きい体育館を造っていただきたい。こういう話をしたんですが知事はあの空き地では狭すぎるというんです。あすこに作るなら徳島市位の体育館程度しかできないから、知事の気持ちとしては多目的に利用できるように、うんと大きいやつをつくりたいという話がございまして、まだどこへ作るとも場所については知事は表示はしませんでしたが、大きい体育館を造りたいというもんだから、用地が必要なら世話をしてもよろしいよとこういう話はしてあるんですが、まだ知事の腹は決まっておらんのじゃないかと思います。続けて陳情はいたしたいと思っております。以上でございます。     〔都市計画課長 野間繁満君登壇〕 ◎都市計画課長(野間繁満君) 岡崎橋の六十年度の予算と執行のことでございますが、実は岡崎橋につきましては五十七年度頃に一応財政の都合で事業費がダウンしておりまして、五十八年度の時に三千万ということで、五十九年度からだいたい五カ年計画位で完成をしなければいかんということで、五十九度には約五千七百万予算がついてのでございます。それで六十年度予算編成の時点では、比較的倍増に近いだけの要望といたしまして一応その時点では国の方でも九千六百万くらいつくだろうということで、その当時は国費が確か三分の二までついておったのが、六十二年度から十分の六におちるという考え方あるから一億六百七十万円までは可能でないかと、事業費ののびがあるんでないかというもとに、予算を編成いたしました。しかし現実的にはやはり事業としましては、七千六百万ということで事業を進めております。それと、今後の年次計画でございますが、昭和六十一年度以降にまだ概算事業費としましては、約現在の資産では、十二、三億残っております。 それでこれ公共事業で施行するとしたら、一応六十四年度、早くて六十四年度完成見込みというふうな考え方でおります。以上です。     〔十八番 勘川一三君登壇〕 ◆十八番(勘川一三君) 再問をさせていただきます。 大型宿泊施設のことで先程市長からお話があり、一昨日も大型施設のことにつきまして答弁がありましたが、三百人から五百人位の大型施設を是非作りたいということを再々お聞きしておるわけでございますが、この施設を作るのにあるいはこういう問題にからむ、例えば既存の業者と申しますか、今ホテルとか旅館の方々に呼びかけて、行政は行政としての役割りで十分ご指導してはどうかというふうに思っておるわけなんで、その点合わせてご答弁をお願いしたいと思うんです。 それともうー点補助事業に乗っとって、例えば先程鳴門ハイツというふうなことも出ておりましたが、何かこれに関連する事業はできないものでしょうか。 この三点について質問しておきます。 インターチェンジの件につきましては、斎藤議員も今本日出席しておりますが、商店街の方々と共に陳情されて是非インターチェンジを作って欲しいということで、商店街の方々は今桑島の山を利用してインターチェンジを作っていただいて鳴門の市内に中心街におりるということを申しておったものですが、やはり鳴門の大毛から木津インターまでいきますと、先程冒頭に申しあげましたように、通過のみになってしまって鳴門市内の商店街になかなかおりてこないでないかということも、かねてこの市内にどないか各省庁に呼びかけて、もう一度難しいということを言わずに、一つ努力していただきたいということを申しあげておいて、この点につきましては了としたいと思います。 岡崎橋の件でございますが、この岡崎橋は鳴門大橋の鳴門橋が開通いたしまして、次は鳴門市には岡崎橋であると私は思っておるわけで、川東の住民は川東が非常に沈滞しておる関係で早期完成して欲しいということで、先程私冒頭に申しあげた通りでございまして、やはり今の市長並びに担当課長からの話を承りますと、やはり六十四年度の完成ということでありますが、ちょっと聞きますと、この予算の中で七千六百万円と先程も申しあげましたが、予算で八千六百万ついておったのでないかということを、再度質問したいと思いますので、その点一つお答えを願いたいと思います。 岡崎海水浴場につきましては先程も私申しましたように、叶井議員さんから質問された時に合わせまして、市長からも答弁をいただいて私も聞いておるわけですが、今後も是非この海水浴場を存続していただきまして、川東の沈滞しているこの岡崎海水浴場だけは、是非県の方に働きかけて県の予算を使っていただいて、このもとの海水浴場ができるように強く要望して了としたいと思います。県営総合運動公園の件でございますが、実は先程お話お答えいただきまして、又一昨日平岡先輩議員からの質問にお答えしておったように、なる程運動公園は敷地が狭いのでというご答弁でございましたが、やはり当初昭和四十四年に都市計画事業として、立岩区画整理事業にのっとってその時期に県営総合運動公園を誘致し、その時期の体育施設の中で現在残っておるのは、体育館だけでございます。 従いましてこの国体が主会場になるわけでございますが、この立岩の運動公園には体育館がなければ何と申しますか、当然住民にしましてもその誘致の時の約束ごとと言いますか、そのレイアウトの中に体育館というのは入っておりますので、私共は当然鳴門の総合運動公園に設置すべきだというふうに思っておるわけなんで、市長の今のご答弁を聞いておりますと、先程申し上げましたようなことで地域うんぬんということを申しておりますが、この運動公園立岩に誘致した意味がございませんので、是非市長にこの点再度県の方に働きかけて、是非体育施設の残っているこの体育館を鳴門運動公園に誘致していただきたい。このように思いまして再度もう一度質問いたします。以上の点質問いたしますので、どうぞよろしくお願いいたします。     〔市長 谷 光次君登壇〕 ◎市長(谷光次君) お答えいたします。 大型宿泊施設の問題でございますが、市内の業者の方でできるだけやってもらいたい。もしこれをやる場合はこの建物に対する固定資産税位これの免除位のことは考えていいんじゃないかという話をしておるんですけれどもの、なかなか踏ん切りがつかんのが現状でございます。それで民間の人にこれをやってもらおうと考えましたが、あの線引きの問題とか昔作った都市計画道路の問題等がありまして、どうしてもうまくいかんのでございます。もう二十年も過ぎれば時代がすっかり変わってしまいます。大鳴門橋という新しい事実が生まれて鳴門市の様相もすっかり変わっていっきょるんだから、そんな古い線引きだとか、あるいは都市計画の道路なんかにこだわらないで、時代に応じたような変更を一つ認めて欲しいとこういう話をしておるのですが、この話がなかなかうまくいきませんのが実情なんでございます。 せっかく民間がやろうというてくれておるんだから、これができるように私達も協力しなければいかんと思っております。大型の宿泊施設を作る場合にはやはり橋が見える場所一番いいんでないかと思います。 それを町の方へもって行ったりするよりか、やはり海岸へそれをもっていった方が客がようけくるんでないか、私はそういうふうに考えるんですが、しかしこれは何としても作れるように努力をせないかん、私はそういうふうに考えておるのでございます。 それから新市街地の中心部へインターを作るということはこれはちょっと私は無理じゃないかと思うのでございます。この間も乗り降りできるだけの施設はできんかと公団の方へしておるんですが、なかなかうまくいかんのが現状でございます。大阪なんか行きましたらあすこの堺の方へ行く高速道路に、玉出のインターがありますが、あれはサービスエリアがあるのでなしに、ただ乗り降りするだけなんですが、ああいうやつはできんかというて公団の方へ話をしておるんですが、これは話は続けていきたいと思っております。 それから岡崎橋の問題ですけれども、途中で異議の申し出が出てきたり、ごてごてやったもんだから、これ遅れてしもうたんですが、やる以上は地元が一つになって協力してやらなければいかんと思います。できるだけ早く完成するように努力はいたしたいと思っております。 それから総合運動公園の問題にしましても、知事が考えておるような大きな施設ができますように私も望みたいと思っております。 なお県の方にも要請をしていきたいと陳情いたしたいと思っておりますのでご理解いただきたいと思います。     〔都市計画課長 野間繁満君登場〕 ◎都市計画課長(野間繁満君) 岡崎橋の問題で六十年度の予算八千六百万でないかということ、確かに国からの内示は八千六百万、当初ききましたんですけれども、実は合法的な問題がありまして、川の向こう岡崎橋では橋脚が四基と橋台が一基できるわけでございますが、その内今年は橋脚二基ということでかかっておりまして、実は八千六百万きて、まだ一千万あるのでございますがしかし次の橋脚につきましては、今度場所打ちの大きなコンクリート現場打ちになるので、それが一千万では帯に短しというんですが、少ないので遠慮したというたらおかしいのですが、遠慮したわけでございますが、あと、残っておる場所打ちのコンクリート千五百ミリを五十八メーター打つのが、七本、打つのが一基と二千五百ミリのコンクリートを八十三メーターこれを五本打ち込むという橋脚二基が残っておりますが、その場所打ちのコンクリートを打つ機会の借り上げだけでも約三千万かかるということで、中途半端でございまして、なんか繰越しができんのでないかという話をしたんですけど、事業費について繰越は、まかりならんということで来年度に回したという次第でございます。     〔十八番 勘川一三君登壇〕 ◆十八番(勘川一三君) 今市長からの答弁でインターの件で、先程やはり難しいというふうなことがありましたけれども、商店街の人達は署名運動をおこしまして、市長のところにさらにこの陳情がくるということも承っておりますので、市長としても当然非常に公団等におきましても難しい問題もあろうと思いますが、市民の意向もありますので、私達もこの中山までの間に先程申しました桑島の山なんかを利用して、片側でもいいから降せるような道路を作って欲しいというふうなことも思っておりますので、強く公団当たりに呼びかけて一つお願いいたしたいと思います。 これ位でこの質問は了といたします。 後先になりましたが、大型宿泊施設の件でございますが、先程市長も業者なんかに呼びかけて観光を担う施設を作って欲しいということを言っておるということでございますのですが、今鳴門市に先程から皆様方も観光につきましてずい分申されておりますことは、やはり渦と橋と非常に自然味のある観光施設はあるわけですが、やはりこれに伴う大型施設がないが為に例えばみやげ品店とか、宿泊施設その昼食するにしても施設がないが為にトイレ休憩するにいたしましても、非常に観光客は困っておるような状況でございます。 そこでやはり民間活力なんか、十分取り入れていただきまして、先程も申しました行政は、行政としての役割を十分この際英断を下していただいて早急に取り組んでいただきたい。この点につきましても一応了といたしますが、先程ちょっと申しました補助金事業にのっとってということを申しましたが、この点について市長もう一度先程も申しました、鳴門ハイツの件申されておりましたが、先程なかったやに思いますので、この点だけお願いいたします。 それから岡崎橋の件でございますが、岡崎橋は先程担当課長から申されておりましたがmやはり私がなぜこういうことを申し上げるかというたら、先程話がありましたように一度鳴門市は国に対して予算がついておるのにもかかわらず何と申しますか、地元負担の関係もあろうと思いますので、一度中断されたことがありまして、非常に鳴門市としては計画性の乏しいその事業をやっておると、いうふうなことも承っておりますので、この際先程申しました七千六百万という所と八千六百万と一千万の差があるわけなんで、なる程工事そのものは非常に高低の都合でやりにくいとは思いますが、やはりついた予算は非常に財政きつい折ではございますが、是非こういうのは、一千万何らかのそれに関連するいわゆる橋に関連する工事ができるんでないかと、これは素人いきですから、言いかねますが、やはりそういうふうなことをやっていくことによって計画性がついていくのでないかとこのように思いますので、何らか担当課長からもその点もう一度考え直して、そしてその工事についてのものができんかどうか、もう一度再問いたしたいと思います。 それと運動公園の体育館のことでございますが、市長も先程申されております通り、私もそのことはよくわかるんですが、地元の議員といたしまして、当然この運動公園の先程も申しました誘致の時に、体育施設の中に体育館というのが入っておりますので、はっきり申しましたら国民体育大会があろうとなかろうと、極端に言えば体育館施設は作っていただいて、そして今鳴門市の所有になっておると思いますが、十分この体育館の設置いただいて早く県の方に移管をして立派な運動公園の活用を是非強く要望いたしまして、この点了といたします。 以上でございます。どうぞよろしく。     〔市長 谷 光次君登壇〕 ◎市長(谷光次君) お答えいたします。 大型宿泊施設に対する補助金の問題ですが、補助金のかわりに固定資産税免除ということを話しておるわけでございます。せっかく施設を作ってもいつ人が来るやわからんのに、遊ばさなければならん。それに遊ばす施設に対して税金を取るというのは、これは具合が悪い、それで固定資産税位は免除したらどうだろうと、こういう話はしておるのでございます。一つ御理解いただきたいと思います。     〔都市計画課長 野間繁満君登壇〕 ◎都市計画課長(野間繁満君) 岡崎橋の予算の問題でございますが、これ先程申しました通り純然たる工程の結果生じたものでございまして、私の方もできるだけ消化せないかんということでいろいろ検討しておりました。それでもっとようけつけてもろうたらなおよく進むということで、極力国の方に要望したんですけれども、一千万内示はありましたが、かえすような結果になった次第でございます。以上でございます。     〔十八番 勘川一三君登壇〕 ◆十八番(勘川一三君) 今市長から大型施設のこの補助金についてどうかということで質問しておりましたが、固定資産税免除ということでご答弁ありましたように、いろいろなことを一つ勘案されて、今後取り組んでいただきたいと思います。これは一つ了といたしたいと思います。 岡崎橋の件でございますが、担当課長からも話を承りまして、その意図はよくわかるわけなんで、川東につきましては当初から私これお願いしておりまして、一つ市長の任期中に完成していただきたいと思いますので、後一年四ヶ月あると思いますので、一つ最大の努力をしていただきまして、もしできなんだら次回任期ということになろうかと思いますが、そこら辺一つ踏まえて、十分配慮していただいて早急に完成していただきたい、このように要望いたしまして、この岡崎橋の件も終わりたいと思います。 以上市長のご答弁によって私も私なりに理解することができましたが、鳴門市の発展を願うあまりにご質問を申し上げた次第でございます。市長及び理事者にあられましては財政非常に苦しい折ではございますが、先程申しました点につきましても、一日も早く促進強く要望いたしまして私の質問を終わりたいと思います。 長時間ありがとうございました。 ○議長(平松章生君) 小休いたします。     午後 二時 二十分 休憩     午後 二時三十二分 開議 ○議長(平松章生君) 再開いたします。 次に、 一、市長の政治姿勢について 二、観光行政について 三、土木行政について             三番 井形勝男君     〔三番 井形勝男君登壇〕 ◆三番(井形勝男君) 議長より質問の許可を得ましたので、順をおって質問をいたしたいと思います。 まず一般質問に入る前に私はどのような発想でもって一般質問をするんだという私の概念を申し上げてから、この質問に入りたいと思いますので、なにとぞご協力をいただきますようお願い申し上げます。 まず鳴門市の経済効果を考えてみた時に、現在鳴門市の教育大学を例に取って見ましょう。この教育大学現在は妻帯者が非常に多く、入学しておる事実にはかわりはないことでございます。 仮にこの教育大学のかわりに女子短期大学等の大学をもってきておったならば、やはり女子大学ですから、たくさんの若々しい女子が集まります。 女子が集まればそこには一時の恋愛を求める若者がくることもありましょう。 又、その若者達の時間つぶしに、喫茶店にもはいりましょうし、又アルバイトで夜のスナックに女子大生が行くことも考えられます。そうすればやはりスナックには女の子がおるから行こうかと、やはりそういうふうなことで外からの外貨が鳴門市に落ちる、そのような発想でもって論議を進めていくと共に、まず徳島県と鳴門市の関係は親子のような関係を保っていかなければならないもんでないかと、いうふうな考えをもっておる次第でございます。そのような発想から一般質問に入りたいと思います。 市長に対する政治姿勢でございます。その内競艇に関する諸問題でございますけれども、現在売上げが非常に伸び悩んでおると申しますか、減少しておる。この先どのような売上げがあるかということを考えれば非常に不安になることがあることと思います。 先般行われました松茂町外三町組合施行開設記念十七周年であったと思いますが、このレースの開催昨年を考えました時には、関係市町村の関係者が非常に少なくて、ただ鳴門市からその関係しておる市町村が、少々の配当でももらえたらええわと、するような考えしかなかったような去年の協力状態でございました。 しかし今回は私も初日いっしょに出席させてもらっておりましたが、今年も少ないじゃないかと思っておりましたけれども、今年は人数は確認しておりませんけれども、五、六十人いわゆる喫茶店の当たりではそのような人数が非常に多く、見てああ大分関係市町村も協力をしておるんじゃなあというふうな考えになったわけでございます。この点について組合施行と言わず一般レースの時にしても、どのようなかっこうでそのファン層を広げていこうとするのかと、その点について一つ聞きたいと思います。 又、世間のうわさでございますけれども、本庁勤めができない者が競艇部へ回されておるというふうなことをチラホラ聞いたことがございます。 しかし私はこれ非常に反動を持っております。この競艇部は鳴門市の唯一の事業部分であって、鳴門市の予算確保の上からも、非常にその予算収入大とするところでありますから、そのような人事異動はないものだと思っておるわけでございます。エリートをもってここに配置しなければいけないのでないかと思っておりました矢先に、実は全く今回の異動でも昨年の異動でもボート場に入ったことすらない。ボートが果たして左に走るか、右に走るか知らない、果たして何艇が競走するものか知らないという職員が、競艇部の方に配属されたようにも聞いております。どのような観点でもってこの競走部の方へ人事異動をやっておるのか。又最近ファンの暴力と申しますか。 例の中で暴動ですね、暴動訓練が最近は聞かれないように思います。最近は暴力団しめ出し等で入口に警察関係者がガードしておる関係で悪い者が入ってこんから、その恐れはないだろうというふうな観点でその暴動訓練をしないのか、その点について一つ聞いておきたいと思います。 しかし、この暴動と申しますのは、群集の心理でちょっとしたきっかけから、この暴動というのはものすごい大きい群集心理で働きかけるものだと思っております。出走表の裏にも記載されておりますけれども、侵入違反という違反事故がございます。そしてマイナス一点とかマイナス二点とかいうふうな罰則を選手個人は受けておるようでございますけれども、最終日における侵入違反これは記載されておりません。 しかしこれが引き金となって、暴動となるようなことに発展するかもわからないという危険性もはらんでおります。この第一マークのこの侵入違反についてのその最終日のレースの運営、それからそのような処置について現在どのようになされておるのか、お聞きしたいと思います。 又、この六月八日に鳴門架橋が完成してからゆくゆくは国道二十八号線となり、又現在明神にぬける十一号線が完成した時こそ、この鳴門の競艇場の売り上げ等、施設等総てが勝負時の時期ではないかと考えております。ですから、これ市長にお尋ねをしておるようなことでございますけれども、市長が何もかもレースのことについて知っておるというようなことはなかろうかと思いますので、専門部所の理事者の回答もいただき、又市長の考えも合わせて、この項については聞きたいと思うわけでございます。 同じく二番の中学校の新設についてでございますけれども、教育長においては三木知事が就任してからの所信表明について、学校教育についての所信表明の記事は読んだことがあるかどうか、実は私これで第四回目の中学校新設についての質問であります。今までは教育長に聞いておりました。六十三月十三日の答弁では昭和五十年に法律が改正されて、四十名が学級の定員である。 しかし現行としては四十五名で教え、又教育効果が上がるというのは、四十人位が一番効果が上がるというふうな発言をされております。私もその通りでなかろうかと思うわけでございます。 又、学校施設の設置は市長の権限に入るから市長部局と相談します。これも議事録の一七五ページに載り、又同じく二九六ページの議事録にも、教育長は理想論から申し上げるならば二つに分けるのが一番いい。しかし経費がかかるからという下りがございます。ということは教育長は実は第一中学校を分離をして二つにすると、以前に私がもうしあげました大津中学校を復活さすというふうな理論に結びつけるものではないかと、しかしこれには経費がかかるから、市長に話をせんかったらいかんと、そこで、市長教育長はそのような観点で市長に相談にいかれましたでしょうか、もし相談にいかれましたとしたら、その経過を説明願いたい。 次に観光行政でございますけれども、架橋後の振興対策と、それと市内の観光地のせんさくについてと二つを同時に質問いたしたいと思っております。 このせんさくという字はちょっと難しくて、鉄砲を撃ったり、爆弾が破裂した時にせん孔と言います。そのせんと、さくというのは石に穴をあけたり、鉄に穴をあけたりするさく岩機のさくでございます。 閉会前に事務局から説明があったとおもいますけれども、この意味は掘り起こすというふうな観点でもって、お考えをいただきたいと思うわけでございます。 ご存知の通り、半年程前に大鳴門橋が開通いたしました。もろもろの事情によって通過型の観光になりつつあるということは、これは皆様ご承知のことだと思います。しかし徳島県の姿勢としましては、かっmこうきゃくの滞留性を高め通年通る都市ですね、観光システムの確立を図り、大鳴門橋を核に本県を基点とした四国の広域観光ルートを形成したいという軸でよみがえる徳島の為の基礎作りとなっております。 やはり市が県と協調することによって、この道は自ら切り開けていけるものでなかろうかと思うわけでございます。先般同じように通過の町といわれております九州は、熊本県熊本市がございます。熊本には、行けば熊本城と水前寺公園を見れば、それで熊本に十分行ったことじゃということでほとんどの修学旅行団体と言わず、会社グループ、それから個人旅行までが、ただ熊本城と水前寺公園を見ればそれで十分だということで、熊本市の当局も頭を悩んでおりましたようでございます。 しかしそういうふうなことだけにとらわれず、どないかせんかったらいかんと熊本弁をかりるならば、そんなはずなかという反発精神から客への足止めになっておっておるのが現状でございます。 そのパンフレットは観光課長に手渡しております。 一つの小さな施設の新聞でございます。これは一つのある石油メーカーと提携をして、そして宣伝をしたものか、又、市がその石油会社の方に出向いていたものか。 とにかくそのような結果が一枚のパンフレットになって、道行く人に配られておるという現実がございます。 鳴門市においてもただ渦と橋だけが名物ではないということを私は植え付けたいのでございます。 鳴門公園だけの周辺について考えて見ますれば、今からさかのぼること約四百五十年か、四百年位になろうと思います。 当時、蜂須賀の時代に軍馬の要成と軍馬の訓練をかねた施設が鳴門の大毛島にありました。現在も名ごりをとどめておる城壁がございます。城壁と言えば、ちょっとオーバーになると思いますけれども、ただ石積みをして、馬がそこを飛び越えないというような設備。 それからその山の中腹以降には馬の水飲み場というふうな盆地みたようなところがあります。 これは言うならば鳴門市が全国誇る一つのミニ万里の長城というふうなことでもいいんじゃないかと思うのでございます。 それからその北側の方を見上げますならば、あの山では一番高い獅子の舞という岩場がございます。 この岩場なんかも、若者には最適のロックライミングができるという岩場でございます。 又、近々鳴門市が全国の小中学校の修学旅行の周遊の指定がもらえるというニュースを聞いておりますけれども、運輸部長においてはこのような事実をしっておるのかどうか、先程もこの振興対策並びに、せんさくという観点から申し上げておりますけれども、現在鳴門市の市街地において、これから建設完成が予定されております本四架橋の全ルートが完成した時には、今の状態ではとてもじゃないけれども、市内の方へは降りて来られません。 しかし、ここで今それを降りてこないからどうしたらよいかと、それを論じる前にそのような計画をなされておったのはもう十年も前でございます。 その実際的な地図が出来上がったのは、何年も前のことだと思います。その時になぜこれが通ってしまったら鳴門の町の方へ車が降りてこんようなルートになっておるけれども、これはどないなっておるのかという考えが、市長には浮かんでこなかったのでしょうか。話が少し古くなりますけれども、その当たりを一つお聞かせ願いたい。 それからこれから提案でございますけれども、とにかく鳴門市にその宿泊客をとらそうという考えでもって、先程、議員の中からも宿泊客をとらすということで五百名とか、大型の宿泊施設という質問ございました。 しかし、泊まっても泊まりようでございます。昨日の質問、今日の質問の市長の答弁の中で歓楽街というふうなことが出てきました。私も以前に夜の観光ということで、少々触れたことがございましたけれども、やはりそのような歓楽街をやはり設置することによって、宿泊客の夜の楽しみ、夜の慰めができるのでなかろうかと思うわけでございます。 この観光行政を進める上で観光課だけが、この観光の責任ではないと思います。 市の運輸部としてはどのような態度でもって、この観光鳴門を盛り上げていこうとされておるのか。鳴門市には、その水族館すらございません。しかしバスは海を渡って遠くまでいけます。一つの案でございますけれども市バスで大阪、神戸、尼崎、和歌山、いろんな立派な都市がございます。その当たりも働きかけてそこの職員に働きかけて、とにかく鳴門へ一ぺんはいらっしゃいよと、どうですか、宿泊の方は民宿の方へ案内しますよと、鳴門の地酒、鳴門で取れた魚や貝を食べてもらいたいんですよというような発想でもって客のセールス、営業をなさってはいかがかと思うわけでございます。 三番目の土木行政でございます。この未来都市の建設と、新池側の改修に入る前に都計課長に聞いておきます。 たびたびこの知事の表明やいうことで出して申し訳ないのでございますけれども、この知事の所信表明第四の中ですばらしい未来という下りがございます。 これは第四番目の大きな重点施策の目標でございました。この記事を読まれたか、それから新池川の回収について、昭和五十九年十二月十一日ちょうど一年前のこの議会でございました。議事録の七百一ページ、県共相談したがの下り、実はこの質問を先の定例議会でやる積りでございましたけれども、その準備の為たまたま私が県の土木課の方に電話を入れましたら、同僚議員の勘川議員がおられまして、私は聞きました県に相談きましたか。すると県には相談きたことはありませんと、それでもう一度県の河川課、本庁の方にも連絡いれました。しかしそのようなことはないと、ただ県の方針としてはこのような方針ですよと、このようなことを聞きました。 まずこの事実関係を確かめた上で、次の質問の展開に入りたいと思います。非常にたくさんあっちこっち言いましたけれども、今回はメモ書きを持っておりますので関係理事者におかれましては、ゆっくりで結構ですので飛ばし飛ばしのないような答弁をお願いするものでございます。     〔競艇部長 歌川重雄君登壇〕 ◎競艇部長(歌川重雄君) 競艇に関する諸問題等につきまして、ご説明申しあげたいと存じます。 まず、最初の共催関係の方達は競艇事業に対してどのように協力をしているかというご質問の主旨だろうと思います。 ご指摘はございましたように、本年十二月の一節におきまして、松茂町ほか三町開設十七周年を開催したわけでございます。選手の斡旋等につきましても松茂町長始めといたしまして、競走会、私共ともども連合会に参りまして、昨年度より以上の選手の斡旋を要望いたしたわけでございます。昨年度に例を取ってみますと、A級選手は十名でございました。本年度は十七名の優秀な選手を集めました。それぞれ開催することができたわけでございます。入場式におきましても従来は市の職員がある程度手だてをしておったわけでございますが、やはり共催側の職員と言えども、競艇事業に協賛しているという形の中で競艇事業の認識を高めてもらう為にということで、職員の動員をしてもらったわけでございます。 本年度の入場式は各四町の職員が、全部運営をいたしましたし、又組合議会におきましても全員の人達の参加を求めまして、ご覧になったと思いますが、各議員相当数出席をしていただいたわけでございます。 いずれにしても競艇事業全体が落ち込んでおります。我々市の職員だけということでなしに、共催側の職員も議員の皆様方も、やはりファンの拡大策につきましては全力を上げて取り組んでもらわなければいけないということで、たえず理事者なり議会側に話をしておるわけでございます。 今後は積極的に競艇売り上げ、ファン拡大策につきましても、全面的に努力をしようというような姿勢を見せていただいておるわけでございます。 それから二番目の職員配置でございますが、現在企業感覚を持たれた意欲のある職員が配置なっておると、私達は確信をいたしております。 それから三番目の暴動訓練とか、それから選手の最終日の違反事故等にはどのようにしておるのかということでございますが、暴動訓練につきましては従来から二年に一回警察、消防署等のご指導をいただきまして実施いたしております。警備職員等につきましては前検日等にいろいろなミ-ティングを行っておるわけでございます。 又、選手の最終日の違反事放等のペナルティーにつきましては、次回配分なった時にそれぞれそれを付加するというような処置を取っております。 又、選手の前検日に集まりました審判長、競技委員長、検査長、整備長それぞれ各部門におきまして、選手のいろいろな競技運営上の指導はいたしております。 又、レース終了後、帰って参りますと競技委員長なりそれぞれの担当の職員によりまして、注意をいたしておるわけでございます。 それから四番目の大鳴門橋完成後いろいろな将来に向かって、売り上げの増というご指摘でございますが、ご承知のように、六月の八日に大鳴門橋が完成いたしまして、前段橋を見に来られる人が非常に多かった為に、道路網の完備が十分でありませんので、ファン層遠隔のファン層には確かに足止めをされましたし、ファン輸送バス等の延着もあったわけでございますが、将来に向けてはやはり六十二年度全線開通なった暁には競艇関係の売り上げもそれの視点に合わせまして、ファン層の拡大、内容整備等も十二分に行っていきまして、売り上げの増に結び付けたいとかように考えておるわけでございます。 いずれにしても、やはり県下全体又、周辺の地域からファン層を求めなければなりませんし、流動人口が少ないという状況の中では、現在の固定ファン、又新しいファン層を求める為には、やはり遠隔地の地域まで足を延ばさなければならないと考えております。 その為には道路網の完備、それが待たれるわけでございます。私共も共催側の職員議員の皆様方と協力して売り上げ向上の為に努力をしていきたい。かように考えております。以上でございます。     〔教育長 藤田重次君登壇〕 ◎教育長藤田重次君) 私の方からお答えさせていただきます。議会のありました後で私共教育にかかわることにつきましては、市長と協議をいたしております。 ご質問の三木知事の所信表明を読んだかということでございますが、拝見しました。そういう中で四十人学級をだんだん増やしていくことによって、教育の質を向上をさしていくようなことであったんでなかろうかと思ったりもしておるわけでございますが、現在県の教育委員会では、過疎地におきましては四十人学級に徐々に増やしていっておるわけでございます。 本市におきましても、そういった該当校もあるわけでございますが、一方生徒増のところではやはり四十人学級にして参りますと、学級増ということになりまして、その当たりの規模によりまして、この調整をしていっておるのが状況でございます。 又、もう一つの点でございますが、現在第一中学校の新設につきましては、過日ご説明申し上げておりますように、第一中学校を分けるということについては考えてはおりません。以上三点ご答弁させていただきました。よろしくどうぞ。 ○議長(平松章生君) 小休いたします。     午後 三時  七分 休憩     午後 三時  八分 開議 ○議長(平松章生君) 再開いたします。     〔市長 谷 光次君登壇〕 ◎市長(谷光次君) お答えいたします。 まず競艇の問題で人事異動に当たって、競艇場へはボートの知らんような悪い職員ばっかり回したんでないかという話ありましたけれども、競艇場へは優秀な職員を回しておるのでございます。 ご承知のようにああいうレースはちょっと間違うたら、騒じょうにつながるもんだから、計算の詳しい者、あるいは警備なら警備の優秀な者を回しておるわけでございます。ボートの職員には「くずばかり」回しておるということは絶対にございませんので、一つご理解いただきたいと思います。 それから中学校の新設の問題でございますが、教育長から話はありました。しかし今政府の方でも四十人学級ということを打ち出しまして、いろいろ検討しておるんですが、あの審議会の結果を見た上で私は考えるべきじゃないかと思っておるのでございます。 第一中学校が人数が多過ぎるということは、私も承知いたしております。私自身も又、大津中学校の復活ということも私はいろいろな点から考えておるんですけれども、なかなか今そこまでは踏み切れません。教育長から相談があったのは事実でございます。その他の問題については担当課長からそれぞれお答えいたします。     〔商工観光課長 播磨繁夫君登壇〕 ◎商工観光課長(播磨繁夫君) お答えいたします。 架橋後の振興対策、並びに観光地のせんさくについてでございます。本市を訪れる観光客は従来鳴門公園あるいは観潮をかねた観光客が多かったわけでございます。 しかし本年六月大鳴門橋が開通した以降は、大鳴門橋を中心にいっそう多くなっております。推計では昨年のちょうど倍になっておるだけ来られておるような状態でございます。これは大鳴門橋が単に東洋一のつり橋といったことだけでなく、周囲の景観にマッチした自然美と人工美の調和のすばらしさがあると思います。 それに渦潮が見られることでもあり、観光資源としての大鳴門橋が非常に大きなものがあると思われます。 こうした多くの観光客を一過性のものに終らせないようにしなければならないと思うわけでございます。 通過型観光になりつつあるというようなご指摘もいただいたわけでございますけれども、大鳴門橋の完成により広域交通網の整備は観光客を増大させると共に、鳴門市を今までにましても通過観光する恐れもございます。これを適切に対処して基盤整備に努めなければならないと考えております。大鳴門橋や、児島、坂出ルートの完成後は岡山、広島方面や京阪神を基点といたしまして、県内観光の拠点はもちろん淡路島や四国各地の観光レクリエーション地域との密接な連絡協調によりまして、広域観光ルートの設定を図らなければならないと思っております。県と協調しながら進めていきたいというふうに思っております。 それからもう一つパンフレットのことでございますけれども、鳴門市におきましても年間十万部位観光パンフレットを刷っております。これを観光キャンペーンその他それぞれ配布いたしております。 さらに付け加えまして、先程の熊本の記事なんかも、私も読ませていただきました。同様に雑誌等でPRもやっていきたい。一部従来もやっておるわけでございますけれども、これなんかも図っていきたいと考えております。それから軍馬の件でございますけれども、以前に私も土佐泊の方でつい最近おやめになった役所の方でございますけれども、いっしょに仕事しておった関係で、ちょっと聞いた話もあるわけでございます。山頂の平担な所に池があり、馬の訓練をさしてそこで水を飲ましておったというふうなことも聞いております。できますならば、早急にでも現地に入って改めて見てみたいと思います。なお周辺には根上り松もございますので、よく調べて周遊ルートになれば非常によいのでないかということを考えておりますので、なおよく調べさせていただきたいというふうに考えております。 その近くに獅子の舞ということもお聞きしました。これは非常に若者の場所としてはいいんじゃな.いかと思います。大毛浜なんかはサーフィンなんかにも適しておるそうでございますので、これらと共によく調査いたしまして、今後観光行政にできるものなら取り入れていきたぃとかよう花考えております。よろしくお願いいたします。     〔運輸部長 木下正雄君登壇〕 ◎運輸部長(木下正雄君) お答えをいたします。 まず東京方面からの大規模の修学旅行団の来鳴を運輸部長は知っておるのかというご質問でございますが、新聞で拝見する程度のことは存じ上げておりますが、それ以上詳しいことは今のところ知りません。 それから二点目の鳴門へ来てくれるように、他県に働きかけたかというご質問でございますが、これにいたしましても私共営業区域の問題もございますので、他県に働きかけたことはございません。 ただ議員さんおっしゃいますように、これからの観光施策を推進する上におきましては、観光課に任せておけばいいというような感じ方では私は駄目だと思います。今後観光行政に関係する総ての所属関係課、相協調しながら、ことを推進していく必要があるのでないかとこのように考えております。以上でございます。     〔都市計画課長 野間繁満君登壇〕 ◎都市計画課長(野間繁満君) 私のご指名でございましたが、実は昨年の議会でも新池川の改修についてお尋ねがあったわけでございますが、昨年は地元課長としてお尋ねであったということで解釈しておりました。新池川の改修につきましては担当は土木課が窓口ということになっておりますので、この点ご承知おき願いたいと思います。 ○議長(平松章生君) 小休いたします。     午後 三時 十七分 休憩     午後 三時 十九分 開議 ○議長(平松章生君) 再開いたします。     〔都市計画課長 野間繁満君登壇〕 ◎都市計画課長(野間繁満君) 質問と通告の内容がちょっとおかしいのでございますが、知事の表明のことでございましたら特に気を入れて読んではおりませんので、記憶には余り残っておりません。     〔三番 井形勝男君自席より〕 ◆三番(井形勝男君) 私が聞いておるのは昭和五十九年十二月十一日会議録七百一ページ、県とも相談したがの下り、県の方には問い合わせたがそのような事実はないということです。この点についてあなたの内容こうなっておりますので、その返事をいただきたい。それによって展開進めていきたいということです。 あなたは県と相談したと言っております。しかし県へは全々行ったこともない、多分知らんと思います。 どういうことですか。これは。 ○議長(平松章生君) 小休いたします。     午後 三時 二十分 休憩     午後 四時二十六分 開議 ○議長(平松章生君) 再開いたします。 先程井形勝男君が自席から発言いたしました質問については会議録より削除いたします。 本日の一般質問はこれで終ります。明十二月十一日は午前十時から再開いたします。本日はこれをもって散会いたします。     午後 四時二十八分 散会...